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16年春リニューアルしました! 蒼辰が書くおハナシを随時アップしております。ちゃみのMCともども、読んでやって下さいまし。
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オーストリアって、どんな国だっけ?

 まいどっ、ちゃみでっす。
 えっと、昨日は、レッドブルのおハナシをいたしました。
 レッドブル、今では、クリスタルのスワロフスキー、音響機器のAKGと並ぶ、オーストリアを代表する企業なんだそうですね。
 すげえっ、って思う反面、国を代表する企業がそんなもん? って感じがしないでもないんだよね。
 で、調べてみますと、やっぱドイツのメーカーの下請け工場的な、小さな会社が多いみたいですね、オーストリア。
 だからなのかな。オーストリアって言われても、あんまし具体的なイメージがわかないのわ。
 てなわけで、本日は、オーストリアのおハナシでございます。
 オーストリアって言われて、たいていのヒトが思い浮かべるのは、やっぱしウィーンですよね。
 音楽の都でございます。
 モーツァルトもベートーベンも、この地で活躍したのでございます。
 まだまだいます。ブラームス、シューベルト、ブルックナー、マーラーといった作曲家も、みなウィーンを拠点に活動していたのであります。
 なんか、音楽室の壁にずらっと並んでた肖像画を思い出しますです。
 それくらいに、音楽のさかんな町だったんですね、ウィーン。
 街角から、ピアノの音が聞こえてきそうな勢いでございます。
 音楽がさかんだった、ってことわ、それを聞くヒトビトがいたってことでございます。
 つまり、文化的にレベルが高かった。ってことは、経済的にも豊かだった。
 そういえば、テレビとかで見るウィーンの古い街並みって、やたら建物が立派ですよね。
 あの繁栄のミナモトはなんだったのでございましょう。
 はい、ハプスブルグ家でございます。
 もちろん、どなたも聞いたことはございますですよね。けど、どういうんだっけ? ってゆうヒトも、きっと多いことと思います。
 ちゃみも、その一人でございました。あはは。
 ハプスブルグ家は、14世紀ごろ、オーストリア公となり、領土を拡張いたしました。
 先ずはオーストリア帝国として南ドイツに君臨し、19世紀にはオーストリア=ハンガリー帝国として、イギリス、ドイツ、フランス、ロシアと並ぶ、西欧列強のひとつだったのであります。
 はは〜ん、なるほど。
 でもって、モーツァルトと、ほぼ同時代を生きた、女帝がおりました。
 マリア・テレジアでございます。
 おフレンチ派のちゃみは、マリー・アントワネットのお母さんとして知ってるヒトです。
 でもって、ベートーベンは、ちょうどひと世代くらい、若い。
 このくらいの時代が、絶頂期だったんでしょうかね。
 そのお城が、シェーンブルン宮殿でございます。
 すごいですね。リッパですね。
 現在は、ちゃ〜んと見学できます。ウィーン観光の目玉ですね。
 でもって、夏の離宮が、ベルヴェデーレ宮殿でございます。
 こちら、現在は、オーストリア絵画館という美術館になっております。
 その他、美術誌美術館に、その分館のホーフブルク王宮内宝物館、などなど。
 やっぱり、ハプスブルグ家の、繁栄のあとを偲ぶのが、ウィーン観光のいっちゃんの見所のようでございますですね。
 しかし、ハプスブルグ家のオーストリア=ハンガリー帝国、第一次世界大戦に敗れたことで、解体してしまいます。
 やがて革命とともに共和制に移行いたします。
 第一次大戦のあとですから、1918年 大正7年くらいの出来事ね。
 けど、この後もけっこう大変でした。
 1938年 昭和13年には、ナチス・ドイツに併合されてしまうのです。
 あ、「サウンド・オブ・ミュージック」だ。あれ、オーストリアの軍人一家が、ナチスに追われながら、スイスに逃れるおハナシですものね。
 そして、第二次大戦後は、連合国軍の分割占領の時代をへて、1955年 昭和30年に、独立を回復し、今のカタチになったのであります。
 残念ながら、過去のハプスブルグ家の栄光は、こうして失われちゃいました。
 そのせいか、どうも、ヨーロッパの中でも、ウィーンの印象を別にすれば、地味な国ってゆう感じがするのですよね。
 これきっと、イギリスとかフランスが、中世の頃から、今とそんなに変わらないカタチで来てるのとの違いだよね。
 いつごろ、どんなふうに、今の国のカタチになったのかが、分かりにくい、っつうか、たどりにくい、っつうか、あまり知られてない、ってことか。
 ハプスブルグ家は聞いたことあっても、ウィーンが拠点だったことも知ってても、なんか、今のオーストリアと、しっくり結びつかないんですよね。
 それが、20世紀に入ってからの混乱に原因があったことが、やっと分かりました。
 あとさ、オーストラリア人って、どういうヒトたちなのかが分からないせいもあるかも。
 だって、オーストリアって、ドイツ語はなすわけでしょ。ってことは、ドイツ人と同じ民族なの?
 そうじゃなくって、ドイツの領土の多くは、長年、ハプスブルグ家が支配していた。だから、オーストリア人こそが、ドイツ人の源流なのだ、という考えもあるんですって。
 一方で、ウィーンのヒト、モーツァルトは、自分のこと、ドイツ人って名乗ってたらしいですね。
 ごく大ざっぱに、遠い東の国から見ると、やっぱし同じ民族じゃねえの? って気がしてきちゃいます。ドイツ人とオーストリア人。
 けど今は、古くから南ドイツであるこの地に住む者としての、オーストリア人としての意識も高まっているのだとか。
 それでも、ヨーロッパの常で、多民族国家ではあるみたいですね。
 ってゆうか、600年間も、ハプスブルグ家が広大な領土たもってきたわけでしょ。
 どしたって、ハンガリーとか、ドイツの北のほうとか、周辺からヒトが入ってくるのはしょうがないよね。
 なので、民族的にどうこうってハナシはあまり意味ないし、それに、そんなことにこだわる時代でもないよね。
 民族の間に区別も差別もありません。
 ただ、そこに生きている人間こそが、大切なのです。
 でもさ、そりゃハプスブルグ家の栄光は失われたかもしれない。印象、地味な国かもしれない。
 けど、レッドブル・リンクの風景、きれいでしたよね。
 でもって、産業はさかんで、失業率低くて、経済的には豊かな国なんだよ。
 今は、周囲との争いもないし、イギリスやフランスやドイツみたいに、ヨーロッパの中心国家として、他の国の心配までする必要もないし。
 なにか、歴史と文化ある、平和で穏やかな、小さめの国、って感じだよね。
 逆に憧れません?
 近ごろ、周辺国とぎすぎすしてる国に暮らしてるせいかな。
 平和で穏やか。
 印象が地味でも、それが一番ではないかと、ふと思うちゃみでございました。

 てなわけで、今日はここまでです。
 明日も、オーストリアのハナシ、あのね、こぼれハナシ的なもの、いくつか拾おうかなと思っております。
 来週はね、けっこうビッグなテーマ用意してるよ。
 それがなにかは、来週のお楽しみ。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-06-25 12:22 | 読むラヂオ
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