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16年春リニューアルしました! 蒼辰が書くおハナシを随時アップしております。ちゃみのMCともども、読んでやって下さいまし。
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独立記念日にちなんでアメリカのハナシ・その2

 まいどっ、ちゃみでっす。
 今週は、金曜日・7月4日のアメリカの独立記念日にちなんで、アメリカのおハナシしております。
 もちろん、アメリカ合衆国・USA のおハナシね。
 昨日は、1700年代、ニホンが江戸時代の中期、わりと平和な時代に、イギリスは、フランスを初めとするヨーロッパ各国と戦争しながら、北米大陸の植民地を、ほぼ全部、自分のモノにしてしまったというとこまででした。
 でもって、1620年に、メイフラワー号に乗った清教徒・宗教戦争から逃れたプロテスタントのヒトたちがやってきて以来、開拓の中心は、清教徒のヒトビトとなっていったのでありました。
 いわゆる、アーリーアメリカンの時代でございます。
 砂糖、コーヒー、綿花、タバコなどの農園を作ることが、最初の仕事でございました。
 はじめ丸太小屋だった家は、やがてテューダー調の、テラスのある木造のお家へと変わっていったんでしょうか。
 女性は、まだコルセットをし、その上に、小花柄かなんかのコットン・ワンピを着てたのでしょう。
 男性は、短めのズボンにソックス。足元は編み上げ靴。トップスには襟なしのシャツ。教会へ行くときには、上にジャケットをはおっていたのかな。
 あ、けどまだ、ジーパンありませんからね。ジーパンの登場は19世紀に入ってからです。
 それと、黒人奴隷を使った農園も、規模の大きいものはまだありません。
 あれも、19世紀に入ってからです。17世紀から18世紀にかけて、アフリカから多くの黒人奴隷を輸入していたのは、南米大陸でございます。
 でもって、1700年代には、寒いので、あんまり農業に向いてなかった北東部にも、醸造・造船・運輸などの産業がおこるんだそうです。
 はは〜ん。なにはともあれ酒。
 でもって、そいつを船で南部に運ぶ、と。
 どんくらいの人口があったのか、その辺の資料が見あたらないのでなんとも言えないのですが、1700年代も後半になると、けっこうな産業がおこり、経済的にも自立できるだけのチカラを蓄えていったようでございます。
 でもって、イギリスは、1763年には、北米大陸の植民地をほぼ手中にいたしました。
 となると、そこからの利益も独占したくなるのでございます。
 いろぉ〜んな法律で、工業の発達を妨げてきました。
 なんで? 自国の工業製品を売りつけるため、か。ナルホド。
 もちろん、イギリス以外の国との貿易も、ほぼ禁止状態でございました。
 となると植民地は、農産物作っても、得る相手はイギリスだけ。そのお金で、自分とこじゃ作れない工業製品も、イギリスから買うしかない。
 儲かるのは、イギリスだけ。
 植民地経営の典型でございます。
 さらに、イギリスは、フランスとの戦争にお金がかかっちゃった。その費用も捻出しなきゃいけないと、植民地に重税を課します。
 もちろん、植民地側は不満です。
 こうして、1765年には、印紙法という新たな法律への反対運動が激しく起こっちゃうのです。
 植民地独占した、わずかに2年後ですよ。
 そしてさらに7年後の1773年のこと。こんどはイギリス、お茶の貿易を独占しようとして、茶法なるものを施行した。
 これに対し、植民地住民はボストンの港を襲い、イギリスの船に積んだお茶を、海に投げ捨てちゃいました。
 有名な、ボストン茶会事件でございます。
 あのさ、あの、アメリカン・コーヒーってあるじゃないですか。薄くて、底が見えそうなヤツ。
 あれって、一説によると、紅茶が手に入らない植民地のヒトビトが、紅茶の代わりに、コーヒーを薄く入れた、ってゆうんですよね。
 ふぅ〜む。
 コーヒーの農園はあった。紅茶は、きっとイギリスが独占的に売りつけていた。
 とすると、あのコーヒー通からはバカにされるアメリカン・コーヒー、案外、独立前のアメリカを象徴する飲み物なのかもね。
 それとさ、イギリス、フランスとの戦争にお金がかかってました。
 フランスの側も、イギリスとの戦争にお金、かかってました。
 こちらフランスは、国内で重税を課し、その不満が、のちのフランス革命につながるんですよね。
[金なら、民から搾り取ればいい]という思想は、多分、産業の発達とともに、通用しないモノになっていったのでしょうね。
 でもって、ボストン茶会事件に対し、イギリスは強硬姿勢で臨もうとします。
 ここにおいて、植民地住民は、代表者が大陸会議を開き、イギリスに対し、自治権を求めることに決めます。
 ついに、1775年には、イギリス駐屯軍と、住民有志による民兵が衝突事件を起こします。
 アメリカ独立戦争のはじまりです。
 植民地側は、大陸軍を結成いたしました。総司令官は、かのジョージ・ワシントンでございます。
 そしてそんな中、1776年7月4日の大陸会議において、トーマス・ジェファーソンが起草した、アメリカ独立宣言が発表され、13州の代表も、これに署名します。
 アメリカは、一方的に、独立を宣言しちゃったのであります。
 もちろんイギリスは認めませんわな。独立戦争は、長引くかに見えます。
 ふつう、軍事力で劣る植民地軍が苦戦するところです。
 ところがこの時、アメリカを支援する国があらわれました。
 フランスとスペインでございます。
 はは〜ん、だよね。
 フランスは、イギリスとの戦争に敗れて、北米大陸の植民地を失った国です。
 片やスペインは、ブラジル以外の南米大陸を手中に収め、メキシコまで植民地にしていた国です。
 北米のアメリカからイギリスを追い出せば、イギリスが独占していた利益を手に入れることができる。
 ひょっとしたら、北米大陸に再び植民地を築けるかもしれない。
 そりゃ、応援するわな。
 こうして、フランスとスペインの軍事的援助を受けたアメリカ軍は、連戦連勝。
 1781年の、ヨークタウンの戦いに敗れたところで、イギリス、ギブアップです。
 1783年には、パリ条約というモノを結び、大陸の13州は、完全な独立を果たすのでございます。
 ちなみに、フランス革命は、1792年のことでございます。
 フランス革命より早いんですね、アメリカの独立って。
 ちなみに、1787年になって、アメリカは最初の憲法が制定されます。
 そこには、主権在民の共和制や、立法・司法・行政の三権分立などが明記されております。
 思想として、すんごく先進的だよね。
 ちなみに、ニホンでは平賀源内がエレキテルを作ったことなんですよね。
 つまり、ようやく、外の世界の進んだ科学技術に目を向けるヒトが現れ始めたころ。
 ニンゲンについては、まだまだ士農工商の身分社会であり、江戸幕府が権力を一手に握っていた封建制度の時代でございます。
 そしてもちろん、ヨーロッパの多くの国も、まだまだ封建的な王制をとっている国がほとんどでした。
 そんな時代に、かくも先進的な憲法が、どうして制定できたのか。
 そして、南アメリカがスペインの圧政に苦しんでいる時代に、どうして独立が果たせたのか。
 そのあたり、蒼辰的に考えてみたいと思うのですが、今日は、ここまでです。
 つまり、明日につづきます。

 なったけ、目からウロコ的視点を心がけているのですが、知ってるようで知らないことも多いアメリカの独立、もちっとやらしてくださいまし。
 てなことで、ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-07-02 16:56 | 読むラヂオ
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