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16年春リニューアルしました! 蒼辰が書くおハナシを随時アップしております。ちゃみのMCともども、読んでやって下さいまし。
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ジーンズのハナシ3回目は、ニホンでの歴史っ!

 まいどっ、ちゃみでっす。
 さて、ジーンズのおハナシの3回目は、ニホンでのジーンズの歴史なんですが、その前に今日の一本。d0287447_19254185.jpg
 これ、蒼辰がわりとふだん履きにしてたんですが、このとこ、ちょと再評価されて、軽いお出かけにも履いてるヤツです。
 これまたエディ・バウアーのなんてことないストレート・ジーンズです。
 ただしこれ、お嬢ちゃまからのお下がりなんですって。
 ほいでね、蒼辰、お嬢ちゃまより、数センチ身長高いのに、裾丈、ぴったしなんですって。
 あはは。
 さて、ニホンでジーンズが履かれるようになったのは、第二次大戦後のことでございます。
 アメリカ軍が放出した古着のなかにあったのが始まりってなことになってますね。
 ナルホド。
 でもって、戦後は、映画や音楽など、アメリカの風俗が一世を風靡いたしましたから、ジーンズ、一気にもてはやされるようになっちゃいます。
 ついこないだまで鬼畜だったアメリカが、アコガレの存在になっちゃったわけでございます。
 日本で初めてジーンズを輸入販売したのは、青山一丁目にあった栄光商事さんで、1956年 昭和31年のことなんだそうです。
 ここ、超有名なお店だったんだそうですね。ニホンのジーンズの聖地みたいなとこだったとか。
 けど、昭和31年、戦後11年もたってますよ。遅いんじゃないですか? もてはやされたわりに、輸入販売が始まるの。
 なになに。それまでは、中古ジーンズが一般的だった。
 あ、そういうことか。さきほどの米軍放出品をはじめ、中古の輸入販売ってのは、あったのかもしれませんね。
 アメ横とか、あと、横須賀あたりとか。
 その頃から、ワガクニでは、ジーンズのことをGパンと呼ぶようになります。
 今でも、ふつうの言い方ですよね、Gパン。
 これ、GI、すなわちアメリカの兵隊さんは履いてたパンツだから、Gパンという説もあります。
 けど、間違いですよね、きっと。アメリカの兵隊さんが履いてるのは、ほぼチノといっていいコットンパンツです。
 なので、Gパン、やっぱし、ジーンズ・パンツの縮めたカタチではないでしょうか。
 ちなみに・・これ作品リスト調べてもタイトル分かんなかったんだけど・・三島由紀夫の小説に、当時の若者風俗を扱った作品があって、その中では“ジンパン”と表記されてました。
 多分、三島由紀夫の間違いだと思います。
 ジーンズ履きそうなヒトじゃないしね。
 あと、ニホンで最初にジーンズを履いたのは、白州次郎さんだという説もあるそうです。
 戦後、占領下のニッポンで、吉田茂の側近として活躍された方で、戦前のロンドン仕込みのダンディだった方らしいです。
 でもさ、これもね、戦前にアメリカに移民として渡り、苦労したカタガタの中には、かなりの数、ジーンズを履いて働いたニホンジンがいたに違いありませんものね。
 やがて、ワガクニでもジーンズの生産が始まります。
 1958年 昭和33年に、倉敷市児玉の、マルオ被服というところが、受託生産を始めました。
 このマルオ被服さん、現ビッグジョンです。
 でもって、倉敷市児玉地区といえば、近ごろ、ジーンズの里として町おこししてるとこですよね。
 内装も、運転手さんの制服もジーンズの、ジーンズ・バスが走ってるんですよ。
 ちょと行ってみたい。
 そいでね、このマルオ被服さん、1960年 昭和35年には、自前ブランドでの生産販売を開始しています。
 ってことはさ、その頃、もうかなりの需要があったってことですよね。
 ニホンの若者がジーンズ履きはじめたのは、やっぱり「理由なき反抗」などのアメリカ映画と、そしてロカビリー歌手のみなさんのファッションだったようでございます。
 やがて、60年代の後半になると、つまり全共闘運動がピークを迎えるころになると、女性もジーンズを履くようになります。
 ってか、もうこの頃になると、アメリカとほぼ同時に、ベルボトムの時代になるんだよね。
 てなわけで、カウンター・カルチャーとサヨク運動とともに、ジーンズは若者ファッションの一部となってゆくわけでございます。
 けどさ、ファッション化も意外と早かったんだよね。
 あれは70年代の前半・・と、蒼辰が言ってます。京都は、京都大学のキャンパスにほど近い、百万遍というトコロに、ハーフっていうブランドがあったんだそうですね。
 ここ、きれいな赤や緑でステッチしたジーンズを売ってて、その頃、ヒットしてたんだそうです。
 でも、東京じゃ売ってない。
 若き日の蒼辰、わざわざ買いに行ったそうですよ、京都まで。
 ま、ホントに駆け足でしたが、ニホンでのジーンズの歴史、おさらいしてみました。
 もうすっかり、ジーンズのない生活なんて考えられなくなってる今日でありますが、でもやっぱ、あくまでカジュアル・ファッションでございます。
 公式な場に履いてくものじゃございません。
 最近はね、以前ほど、あそこもダメ、ここもダメってこと、なくなりましたけど、けど、だからこそ余計に、どこでもジーンズは、やっぱやめたほうがいいんじゃないかな。
 ハナシは突然、ジーンズから浴衣にいくんですけど、今年になって聞いたハナシを2題。
 ひとつめ。[浴衣、着付けします]という美容院の貼り紙を見て、「浴衣なんか、なんでヒトに着付けしてもらうのよ」と驚いていた、初老の女性がいらっしゃいました。
 ふたつめ。「ちゃんと着付けしてあって、きれいに着てるんだけど、でもやっぱり、5月に浴衣はダメでしょ」と嘆いていた和服好きの女性。
 さいごに目撃談。
 やっぱり、髪もセットし、きれいに浴衣着付けてもらった数人の若い女性が、下駄でホテルのロビーを歩いてたとさ。
 ねえ。おキモノ、ニホンジン着なくなっちゃいましたから、ちょっとちゃんとした浴衣なら、外出着にもなります。
 外苑の花火大会なんか、浴衣で出かけると、「おお、キモノ・ガール」と、ガイジンにカメラ向けられます。
 でもやっぱり、浴衣は、浴衣。
 元はと言えば、風呂上がりにはおる、湯上がり用の簡単キモノでございます。
 と、まぁ、こんなふうに、着るモノにも、やっぱり出自というのは関係あるようです。
 ジーンズも、どれだけ高級ジーンズが登場しようとも、元はといえば、作業着です。
 当時の・・ってゆうのわ、ジーンズが生まれたころの、カリフォルニアの働くヒトたちも、日曜日、教会にいくときには、ジーンズ、履いてなかったと思うよ。
 お洒落はやっぱり、てーぴーおーが大切という、平凡なオチになったようでございます。

 はい、てなわけで、今日はここまでです。
 明日は、なんかあっさりしたハナシにしたいと思ってマス。
 でもって、三連休です。その間に、つぎのネタをじっくり考えておくと、蒼辰が言ってます。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-09-11 19:26 | 読むラヂオ
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