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16年春リニューアルしました! 蒼辰が書くおハナシを随時アップしております。ちゃみのMCともども、読んでやって下さいまし。
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<   2014年 02月 ( 19 )   > この月の画像一覧

4Kエクスペディアはヒットするか?

 まいどっ、ちゃみでっす。
 二月も本日でおしまいでございますよ。
 最近の出来事っつうと、雪と、でもって、オリンピックでございましょうか。
 雪、久しぶりだったので、楽しかった反面、やっぱ大変でしたよね。まぁ、週末だからよかったようなものの。
 なんですか、まだ孤立している住宅もあるとか。難儀をしているみなさまに、こころからお見舞い申し上げます。
 そしてオリンピック。
 いや、もう、寝不足でたまんないっすよね。
 最初のうち、取れそうな選手がメダルに届かなくって、はらはらいたしましたが、終わってみれば、海外での冬季五輪最多のメダルなんだそうで、先ずはめでたしめでたしでございます。
 けど、なんかさ、期待を背負ったヒトより、夢を追いかけたヒトが、メダルに届いたような、そんな感じでしたね。
 夢を追い続ける。大事です。
 ちゃみも見習わなくては。

 さて、そんな中、数日前ですか、4Kエクスペディアが発表になりましたですね。
 iPhone派としては、関係ないっちゃ関係ないんですが、ちょと違和感もったので、本日はそんなお話しをしたいと思います。
 あれ、4K画質で動画が撮れて、4Kテレビに接続して見られるとかいうんでしょ。すごいですよね、技術は。
 けど、誰がそんなもん必要とするんでしょ。
 そこ、ちゃみが感じた違和感なのでございます。
 だってさ、4Kテレビだって、まだまだ状態なのに、その画質を求めるヒトが、どれだけいるんでしょうか。
 まして、スマホですよ。動画撮るったって、せいぜい数分。たいていは数十秒から一分ですよ。
 でもって、トモダチに、ほらほらって見せて、そいで終わりじゃない?
 なんか、過剰な感じがいたしますです。
 以前に、ひとつの製品が完成すると、その価値が変わってゆくのかも、ってお話しをしました。
 よく引き合いに出すのが、炊飯器です。
 その昔、電気で炊けるだけでもすごかった。そのうち、保温できるようになったら、もっと便利になった。味が変わるのも、改善された。あと、お粥まで作れるようになった。
 でも、もう、炊飯器に付け足す機能、ありません。
 それでも店頭にゆくと、なんとか炊きとか、厚釜なんとかとか、いろんなウリ文句が書いてあります。
 けど、買うヒト、もうそこ、見てないですよね。
 自分に必要な機能がそろってれば、あとはお値段です。
 クルマもそうです。フィットがヒットしたとき、多くのヒトが、「クルマってあれで十分かも」って思ったんじゃないか。そんなお話しを、いつだったかいたしました。
 つまり、もっといろいろ出来たらいいなと、みんなが思ってる間は、技術の進歩がそのまま製品の魅力になってました。
 けど、製品がほぼ完成しちゃうと、技術はもうウリにならないんじゃないでしょうか。
 技術が、必要を追い越してっちゃう感じって、前からありますよね。
 ビデオレコーダーは、見逃したテレビ番組が見られるから、画期的でした。
 でも、家庭用ビデオカメラは? 使っても、いいとこ子育て期だけなんじゃないのかな。
 もうなんか、あんまり買うヒトもいなくなっちゃいましたよね。
 だって、毎日使うモノじゃなし、なくてもどうにかなるモノだし。
 作る側は、最新の技術もりこみたいのは分かります。けど、それが、使い手に訴えるモノでないなら、意味ないんじゃないっすかね。
 なのに、メーカーさんは相変わらず、高い技術を生かした、高機能・多機能な、高付加価値な製品を作りたがってるように見えます。
 けどさ、高付加価値な製品って、早い話、利益率のいい製品ってことでしょ。
 つまりはメーカー側の論理。使い手には関係ないんですよね。
 どうもね、高付加価値製品をって、バブルのころに覚えた呪文を、未だに唱えてるような感じがしてしょうがないんですけどね。
 最近、ヒットした商品に、T-falのケトルありますよね。
 水入れると、短時間でお湯わかしてくれる、あれです。保温機能もない、単純な製品です。
 昔むかし、団塊の世代が貧乏学生だったころ、保温ポット買えないから、しょうがなしに使ってた電気湯沸かし器の21世紀版です。
 すぐお湯わく。デザイン、かっこいい。お値段、手頃。取り柄、それだけです。
 でも、「あ、これでちょうどいい」って、多くのヒトが買い求めたんですよね。
 メーカーさんの、技術をウリにした高付加価値製品で、高い利益率を確保しようという発想は、もう買い手の気持ちとかけ離れちゃってるんじゃないでしょうか。
 今、求められてるのは、[ちょうどいい]と感じられる品物なのかも。
 それを、当ブログでは[ちょうどいいの思想]と名付けて、これをキーワードに、ちょと未来について考えてみようなどと思ってるわけですが。
 ま、それはともかく、スマホも、製品として、完成に近づいてる感があります。
 もう、あれもこれも出来ます、じゃなくって、キホンを押さえて、使いやすくしました、なんじゃないのかな。
 あと、簡単にカスタマイズできます。あなただけの、必要な機能にしぼったスマホにしてください。
 ってゆうほうが、魅力的に思えるのは、ちゃみだけ?

 なんとか景気をよくしようと、オトナの皆さまはがんばってるようです。
 でも、[ちょうどいいの思想]で、生き方、暮らし方、考えたら、案外、好景気にならなくっても、幸せに生きていけるのかもよ。
 てなわけで、これからも、多分金曜日に、[ちょうどいいの思想]をキーワードにしたお話しをしてゆくつもりですので、よろぴくね。
 最後に、スティーヴ・ジョブスのこんなエピソード、付け加えておきます。
 iPodをプレゼンされたとき、ジョブスがプレゼンターにした質問はたったひとつでした。
「それで。それはココロに刺さるのかい?」
 うふっ。カッコイイですよね。
 てなことで、本日はここまでです。
 来週は、あ、週明けがひな祭りだ。じゃ、その日は、ひな祭りにまつわるお話しね。
 あとは・・あは、例によって、未定です。
 でも、待っててね。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!

ps
 姉妹ブログ「ちゃみの今日も元気で朝礼でっす!」もよろしく。
 ここでっす。
 http://sohshings.exblog.jp
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by planetebleue | 2014-02-28 13:30 | 読むラヂオ

蕎麦は信濃からやってきた。

 まいどっ、ちゃみでっす。
 さて今週は、江戸の食べものについてお話ししてます。
 一昨日が天ぷら、昨日が寿司ときて、本日は蕎麦でございます。d0287447_13172858.jpg

 はい。昨日に引き続き、「江戸商売図絵」(中公文庫)から、これは二八蕎麦でございますね。
 親ばかちゃんりんそば屋の風鈴というそうですが、あ、なるほど、下がってますね、風鈴。
 あれ鳴らして、ちんりんちんりんってやってきたんだ。
 で、蕎麦です。
 これまた、天ぷら・寿司とともに、江戸前食べもののひとつでございます。
 江戸発祥ではないんですけど、今、食べているようなカタチになったのは、やっぱり江戸時代の江戸。
 江戸っ子の食べものなのであります。
 もちろん、蕎麦、かなり昔から食べていたようです。ただし、山の中地方ばっかだったみたいですね。
 平安時代に、こんなハナシがあります。
 とある平安貴族の方が、信州に赴任することになった。で、やってくると、現地では歓迎の宴を開いてくれる。その時、そば料理が出されたんですって。
 しかし、今日生まれの、この平安貴族、そばを食べるのが初めてどころか、そういう食べものがあることも知らなかったと、都への文に書いているのだそうです。
 へ~え。
 ソバ栽培って、わりと涼しいところじゃなきゃダメなんだよね。そのかわり、そんなに肥沃な土じゃなくってもいい。
 ということは、山の中で、あんまりお米が取れないようなところで、穀類の足しにするために、ソバ、食べてたみたいですね。
 なので、京のヒトは、蕎麦の存在すら知らなかった。
 そういえば、西日本って、今でもほとんどうどん圏ですよね。主に蕎麦食べてる地域って、案外少ないかもしれないぞ。
 その蕎麦を食べる地方でも、昔は、蕎麦がきとか、蕎麦粥みたいな食べ方ばっかりで、麺にしてないんですね。d0287447_13175930.jpg

 蕎麦を麺状にして食べたという一番古い記録は、天正年間なんだそうです。安土桃山時代でございます。
 どっかのお寺で普請がなって、そのお祝いの宴席で振るまいに出されたモノのリストに[ソバキリ]とあるんですって。
 これが、一番古い記録で、場所はというと、信濃の国。
 どうやら、蕎麦文化発祥の地は、信州・長野県のようでございます。
 こうして、江戸時代に入るちょっとか前には、そば切りが登場し、麺類の一種として食べていたことが分かりました。
 では、いつごろ、江戸のはやりの食べものになったのでしょう。
 ま、よく言われるのは、江戸も最初はうどんだったけど、のち、蕎麦になったっていうんですよね。
 けど、おおざっぱすぎ。
 そもそも、うどんそのものも、上方からやってきたようでございます。
 例によって、家康が入府のときに、駿河からうどん屋さんも連れてきたのかもね。でもって、駿河のうどん屋さんは、そもそも上方の出だったとかさ、なんかそんなんだよ、きっと。
 江戸時代はじめの江戸の町は、建築ラッシュです。なんせ、一から町を作ってたんですからね。
 ってことは、大工さんなどの職人さんをはじめ、土木工事に従事する人足とかもたっくさん生活していた。
 そういうヒトたちにとって、うどん屋さん、手軽に食べられる、ちょうどいいお店だったのかもね。
 そして、そういううどん屋さんでは、そば切りも出していたと記録にあるようです。
 けど、この時代は、あくまでついで。うどんが主だった。
 18世紀、1700年代の中頃になると、江戸はずいぶんと江戸らしくなってきます。
 今、江戸と言われてイメージするいろいろなモノが、この頃に出来上がってくる。
 歌舞伎が今のカタチになったのも、二階長屋とか、ちょっといい物件だと、瓦屋根に畳が入ったのも、みぃ~んなこの頃です。
 そして、屋台の店が並ぶようになったのも、やっぱりこのころ。そう、一昨日やった天ぷらの屋台も、この頃からでした。
 そして蕎麦も、おおよそ1700年代の後半から、うどんに取って代わって、江戸を代表する食べものになるようです。
 ってゆうのはさ、あんま資料ないんですよね。
 なんせ、庶民の食べものですからね。当たり前すぎちゃって、記録に残らないんですよね。
 なので、ちょと推理してみます。
 江戸も、大川、今の隅田川を渡った、本所深川あたり、このあたりに家が建ち並ぶようになったのも、やっぱり1700年代前半くらいからです。
 そして、本所かいわいというのは、信州から出てきたヒトたちが、多く住み着いていたのだとか。
 はいはいはい。江戸のに働きに出てきた信州のヒトたちが、本所に住み着き始めたのも、やっぱそのくらいの時代だと。でもって、信州発祥の蕎麦文化を持ちこんだんじゃないか。
 あるいは、そういう信州人の中に、お蕎麦やさん始めちゃうヒトもいたのかもね。
 かくして、信州生まれの蕎麦が、どうやら江戸っ子のお気に入りになっていくのです。
 けど、なんか分かりますよね。うどんの、あのねっとねっとした感じよりは、しゃきっとした蕎麦の歯触り、喉ごしのが、いかにも江戸っ子好みという感じがいたしますです。
 はじめは、蒸籠蕎麦でした。
 当時の絵に、店先に蒸籠を積み上げたお蕎麦やさんが描かれたものが残っております。
 まるで台湾の小籠包やさんみたいだ。
 ってことは、熱々の状態で出してたのかな。でも、そうすっと、ちょとねちょねちょするよね。
 というわけで、やがて、さっと冷水にくぐらせる技術が生まれます。
 これね、きっとね、熱いからだよ、江戸の夏。信州じゃ夏でも熱いのでよかったんだけど、江戸ではそうはいかなかった。そいで、冷水くぐりを思いついたんじゃないでしょうか。
 ただし、くぐらせる冷水をどうしていたのか、ちょと疑問は残ります。
 だって、今みたいにじゃ~じゃ~、じゃ~じゃ~、使い放題ってわけにいきませんよね。水、貴重なんですから。
 多分、井戸から、桶にくんで、それ使ってたんでしょうね。で、適当なところで、新しい水にかえる。
 ここ、マメにやるかどうかで、店の評判が変わってきそうだね。
 けど、これまた、江戸っ子の気質にあった。つるつるつるっって、あっという間に食べられちゃう。
 たちまちのうちに、そば屋は増殖し、一、二町に一軒はそば屋があったんだそうです。
 ってことは、江戸中で、数百軒はあったってことか。ホント、日常の中の、手軽な食べものだったんですね。
 でもって、こんだ冬になると、寒いです。
 そこで、熱々のつゆを、蕎麦にぶっかけるようになった。
 これが、かけそばのはじまりでございます。
 あと、「いちいちつゆにつけるなんざめんどくせぇ、いいから、ぶっかけてくんな」的な、いつもの、江戸っ子のせっかちも影響していると思います。
 なんせさ、さくさく、ぱくぱく、って食べるのが好きなヒトたちなんだから。
 やがて、1800年代の前半、文化・文政期という、よく江戸文化がもっとも栄えたと言われてる時代に、このかけそばに、具というか、かやくというか、いろんなもんトッピングするようになります。
 天ぷら蕎麦が生まれたのも、この頃のこと。
 あ、そうそう。あったまで触れた二八蕎麦のこと、忘れてた。
 値段が二八・十六文だからとか、蕎麦が八割で、つなぎが二割だからとか言いますよね、二八蕎麦。
 なんか、値段説のが有力らしいんですが、これ、両方って考えたいとこですよね。
 でもって、これ、夜から商売をはじめて、明け方までやってたんだそうですね。
 それで、商売になったんだ。あそっか、夜食に食べるのか。
 起きてるヒト、いたんですかね。なになに。江戸も後半になると、新橋界隈には、朝までやってる飲み屋もあった。
 ひえっ。けっこう夜遊びしてたんですね、江戸っ子。
 そいで、シメに二八蕎麦か。
 なぁ~んかちょっと、羨ましくなってきたかも。

 というわけで、今日はここまででっす。
 ってゆうか、江戸の食べもののハナシも、今日までです。
 江戸だよりは、そのうちまたなんか、ネタめっけてやると思います。
 明日は、え~、あ、未定だって。
 そして来週は・・あら、ひな祭りだ。
 それ関連かも。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-02-27 13:18 | 読むラヂオ

江戸前寿司はさっ、ぎゅっ、ぱくっ。

 まいどっ、ちゃみでっす。
 さて、今週は、江戸の食べもののお話しをしております。
 昨日は、天ぷらでしたが、本日は、寿司でございます。d0287447_1626649.jpg
 写真、「江戸商売図絵」(中公文庫)からお借りしてます。屋台のお寿司屋さんのようすですね。
 お寿司やさんも、長いこと、こうした屋台で商う商売だったようですね。
 志賀直哉さんに、「小僧の神様」という短編小説がございます。小僧さんが屋台のお寿司に手を出すところから始まるお話しでございます。
 あの作品、大正時代、ちょうど関東大震災ごろの作品ですから、その頃でも、寿司は屋台で商ってたんですね。
 一個、明治大正なら、何銭。江戸なら、何文。いずれにしろ、気軽に食べられるものでした。
 なんかねぇ、こういうことらしいですよ。
 江戸の町って、例えば植木屋さんとか、大工・左官みたいに、自分から出かける出職といわれる職人さんや、あるいは、行商のヒトもたくさんいたし、お店の小僧さんや、手代クラスのヒトでも、掛け取りやら、お使いやらで、町に出ることも多かった。
 そういうヒトたちは、忙しいから、ちゃんとお昼ご飯食べない。小腹が空いたときに、さくっとなんか食べて、次の仕事に向かう。
 そんなわけで、昨日の串天ぷらみたいな、ちょこっと食べられるモノが、はやったみたいですね。
 寿司もそうだよね。一人前11貫だと、どういう順番でいくか、じっくり悩みながら食べるけど、一貫ずつ注文できるなら、3つ4つ、さくっと食べられますものね。
 そんなわけで、忙しい江戸っ子には、こうした屋台の食べものやさん、とっても便利だったようです。
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 で、さて、寿司です。
 寿司って、元々はなれ寿司というものだったのは、わりと知られてますよね。
 けど、これ、米と一緒に伝来したんだそうですよ。ってことは、なに、弥生時代にはもうあったんだ。
 ひょえ~~っ。
 でも、その頃のなれ寿司は、お魚にもご飯にも塩をして、でもって、魚を飯でくるんで、何ヶ月もかけて発酵させるんですって。
 すると、ご飯はどろどろになって、食べられません。
 あ、要するに、魚の保存食だったんだ。
 なぁ~るほど。
 けど、臭いんでしょ。鮒寿司とか、かなりくるっていうじゃない。
 そうなんだけど、冷凍も冷蔵もできない大昔、発酵食品は、大切な保存食だったんだ、と。
 はい、大切にします。
 けど、食べられるまで何ヶ月もかかってると、やっぱ効率悪い。まちっと早く食べられない? というので、室町時代には、早なれ寿司というものが、あらわれるんだそうです。
 どうすんの? 魚を裂いて、腹のところに塩したご飯入れて、[なれ]させるんだ。
 これだと、数日で食べられて、しかも、ご飯部分も、ちゃんと一緒に食べられたのだそうです。
 そしてさらに、江戸時代のはじめになると、関西方面・京阪あたりで、押し寿司が生まれます。
 あ、今もある大阪寿司でしょ。
 ちょっと違う? どこが? 一日で食べられるようになったと、かなり時短したみたいな書きかたしてるとこみると、まだ[なれ]時間がかかってたんだと。
 ほぉ~お。
 あ、そうか。鯖すしなんか、[なれ]させてますよね、やっぱ。できてすぐ食べられる感じでわないわな。
 でも、そういうお寿司が、江戸時代のはじめから中頃にかけて、かなり一般的に食べられるようになるんだ。
 その頃は、お料理屋さんや専門店が作って、配達していた。
 あ、そうか、[なれ]時間の間、ずっと待ってるわけにもいかないもんね。
 けど、お祭りんときとか、やっぱ便利だったでしょうね。一同そろわなくってもいいし、もともと冷めてるものだから、出す手間も少ないし。
 やがて、19世紀もはじめごろ、文政年間のことでございます。
 もっと早く食べたい、というので、ご飯に酢をして、そこに生魚を乗せて、ぎゅっと握って、食べる方法が考案されました。
 あ、要するに握り寿司じゃない。
 いつ頃だって? 1820年代の後半くらい。なんでかってゆうと、文献初出が、1829年だから。
 ふ~ん。
 明治維新の30年ちょっと前か。
 でも、思ってたより古くないんだって感じだね。
 でもって、その握り寿司を考案したのが、華屋輿兵衛というヒトでした。
 あ~あ~、のちに和風ファミレスも考案した・・って、違いますよね、もちろん。
 ってゆうか、あのファミレスの華屋与兵衛って、そんなとこかた名前とってたのか。
 ま、ともかく、こうして江戸において握り寿司が考案され、またたくまに、江戸っ子の人気の食べものになるのであります。
 ってゆうか、江戸っ子は木が短いって言うけど、気が短いより、せっかちなんだよね。
 大阪寿司作ってるとこと、江戸前寿司の現場と比べるとわかるよね。
 上方がおっとりなのに、こっちは、さっ、ぱっ、ぱくっ、だもんね。
 なんともなんともな江戸っ子の気ッ風でございます。
 でもさ、大流行したわりには、ずっと屋台だったんでしょ。天ぷらみたいに火が出る心配ないのに、なんでお店構えなかったの?
 いや、店を構えたとこもあったんだ。けど、多くは、数個ぱっと食べるだけの客だから、屋台のがやりやすかった。それと、お店持てるほど儲けるのは大変だったのかもね。
 そうか、一個何文の商売だもんね。
 それと、江戸時代は、冷蔵庫ありません。なので、ネタにも、酢で締めたり、醤油に漬けたり、手を加えることのほうが多かったようです。
 なるほどね。今だと、「職人が仕事してる」とか言ってる部分ね。あれ、味だけじゃなくって、やっぱり保存ってこともあったんだね。
 なにしろ、昔はたいへんだ。
 それが、明治になって、氷の工場があちこちにできて、氷冷蔵庫でネタを保存できるようになった。電気冷蔵庫も、この頃すでにあったんだ。
 高かったでしょうね。
 ともかく、ネタが保存できるようになったのと、流通が、江戸時代よりは格段によくなったことで、ネタの種類も増え、ほぼ現在のカタチが出来上がるのでした。
 めでたしめでたし。
 え? まだ先があるの? なに?
 ん? 昨日の天ぷらといっしょで、関東大震災で、東京での仕事を失った寿司職人が散っていったことで、握り寿司は全国に広まっていったんだ。
 じゃ、天ぷらといっしょで、握り寿司=江戸前寿司も、大正までは、ほぼ東京でしか食べてなかったのか。
 ふ~ん。
 ってゆうか、地域で食べてるものって、案外、外に出ていかないよね。
 今でも、B1グランプリとかあって、ご当地グルメが、ちょっと有名になったりするじゃない。
 けどあれも、そんときだけで、B1グランプリで有名になったメニュが、普通にお蕎麦やさんや中華そば屋さんや食堂にのったり、家庭でも作ってたべるようになったりって、しないものね。
 地域の食べものが一般的になるには、なにか別のファクターが必要なのかもしれません。
 天ぷらと握り寿司は、大震災で職人が散ることで、拡散していきました。
 それと、江戸の、東京の食べもの、ってゆう影響力もあったんだろうね。
 こうして、全国に広がり、日本の食べものとなった握り寿司ですが、もいっこ、曲がり角がありました。
 戦後、衛生面を理由に、屋台での営業ができなくなっちゃうのです。
 じゃしょうがない。お店にしましょう。
 というわけで、今日のようなお寿司やさんのカタチとなり、そして残念なことに、いささか高級な、普段着では食べられないモノになっていったのでした。

 ありゃま、いつの間にか長くなりました。
 今日はここまでにします。明日は、もいっこの江戸の食べもの、お蕎麦についてのお話しです。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-02-26 16:26 | 読むラヂオ

天ぷらは、吾妻の串カツ?

 まいどっ、ちゃみでっす。
 え〜、今週は、江戸の食べもののおハナシ。寿司・天ぷら・そば、でございます。d0287447_16164610.jpg

 写真は、「図説大江戸おもしろ商売」(学研)という本からお借りしたもの。屋台の天ぷらやさんでございますね。
 寿司・天ぷら、日本料理の代表でございます。でもこれ、どっちも江戸の生まれで、もともとは屋台の食べものだったんだそうですね。
 お料理屋さんなんかじゃ出てこない。それでいて、家庭でも作らない。ごく庶民的な、外食アイテムだったのでございます。
 てなわけで、本日は先ず、天ぷらのお話しです。

 天ぷらといえば、最初に食べたのは徳川家康で、しかも、その天ぷらにあたって亡くなった、というのは、わりと有名なお話しでございます。
 けど、これ、俗説なんでしょ。
 なんでも、天ぷら食べてから亡くなるまで、二ヶ月くらいあるんだそうで、食あたりなら、そんなに時間がかかるわけない、と。
 なるほどね。
 それに、天ぷらで食あたりって、ねえ。梅干しでもいっしょに食べたんならともかく。
 え? それ鰻か。そうでした。しちゅれいいたしやした。
 ま、ともかく、天ぷら、ってゆうか、油で揚げる料理は、ポルトガル人によって日本にもたらされ、京都経由で江戸に入ったといわれております。
 ただ、あれっすよね、いきさつは分かんないんだけど、天ぷらがほぼ今のようなカタチになり、なおかつ、[天ぷら]という名前でポピュラーになったのは、1700年代の江戸であることは、どうやら間違いないようです。d0287447_1617813.jpg

 1700年代ってことは、ほぼ江戸中期ね。
 江戸の町の建設があらかた終わり、江戸独自の文化が生まれ始めたころでございます。
 天ぷらに[天麩羅]ってゆう字をあてたのも、山東京伝の兄さんだとかって説があるんですって。
 ちなみに、山東京伝は1761年生まれで、1816年に没しております。
 ってことは、天ぷらがポピュラーになったのは、1700年代も後半かもしれない。
 おおよそ、歌舞伎が現在のカタチになったといわれている時期と重なります。
 ただ、やっぱり、今の天ぷらまんまではなかったようですね。
 先ず、衣。小麦粉と水だけで、今みたいに玉子使ってなかった。
 ってことは、唐揚げに近い感じだよね。
「江戸のファーストフード」(講談社選書メチエ)という本では、魚にしっかり火を入れるために、わりとぼってりした衣を、時間をかけて揚げたのではないか、と推理しています。
 けど、それだと、なんかおいしくなさそうなんだけどね。
 ま、今の唐揚げの、ちょっと衣厚いバージョンぐらいに思ってちょうどいいようです。
 でもって、屋台で売ってたので、串に刺さってたそうです。
 買ったヒトは、串持って、そのままむしゃむしゃやるわけね。
 これ、さ、最近になって、串天ぷらとか、ちょっと流行ってきてるよね。酒の肴にちょうどいいよくとか言って。でもって、「ウチが串天ぷらの元祖です」みたいな店まで、どっかに紹介してあったな。
 そうじゃなくって、先祖返りだったんじゃない。
 今でこそ、天ぷらといえば、皿に盛って出すものですが、江戸時代の天ぷらは、そもそも串天ぷらだったのです。
 しかも安かった。一本四文とかって記録が残ってます。
 つまり、お店の小僧さんなんかでも、お使いに出たついでに、ちょっと買って食べられるくらいのお値段だった。
 あ〜、商店街とかで、ヤキトリ買って、そのまま歩きながら食べる感覚だな。
 おいしかったでしょうね。
 でもって、ネタは、もちろん江戸前です。
 穴子、芝えび、こはだ、ハゼ、キス、などなどでございますね。
 バナエイエビではありません。芝えびです。
 で、それを、大根おろしと天つゆで食したのだそうです。
 ふぅ〜ん。天つゆと大根おろしは、この頃からすでに定番だったのですね。
 なんか近頃は、塩で食すほうが高級みたいなイメージあるけど、これ、大坂の串カツ感覚で、どばっと天つゆにつけて食べるのが、案外、江戸流儀かもね。
 のち、1800年代、江戸も後期になると、お蕎麦やさんでも、天ぷら、出すようになります。
 天ぷらそばの登場でございますね。
 けど、このやり方、江戸っ子の中でも、わりとマジメな方からは、邪道視もされたみたいですね。
 つまり、そばはそば、天ぷらは天ぷらで食べればいいものを、両方をいっしょに食べようとするのは、奢侈のかぎりである。つまり、贅沢だってゆうのね。
 まぁな、新しいモノってゆうのは、旧時代な方からは、いっつもそんな言われかたするもんなんだよね。
 こうして、お蕎麦やさんでも食べられるようになった天ぷらでございますが、もっとのち、幕末ごろにお料理屋さんでも出すようになるまで、天ぷら屋というものは存在しなかったようです。
 いえ、屋台じゃなくって、一軒のお店を構えた天ぷら屋さんね。これは、なかった。
 なんでかっていうと、天ぷらは油で揚げます。なので、出火を警戒したみたいですね。
 ね、火事と喧嘩は江戸の華。火事が多い江戸の町です。せめて、火を出しそうな、あるいは出火の確率の高そうな商売は、屋内でなく、屋外で、ってことだったみたいですね。
 けど、もう先に言っちゃいましたけど、幕末にはお料理屋さんでも、天ぷら、出すようになります。
 すると、天ぷら屋が、一軒の店を出すようになるのも、すぐというわけ。
 明治に入ると、ほぼ、今と同じカタチの天ぷら屋さんが営業していたのでありました。

 そいでね、もっと時代が下って、大正時代のこと。関東大震災、ありましたよね。大正12年のことでございます。
 東京の町、壊滅状態でございました。
 この時、仕事を失った天ぷら職人が、全国に散らばり、天ぷらが各地に広まった、ってなことが、ウィキに書いてあるんですよね。
 ってことわさ、それまで、天ぷらってあくまで江戸前の、ほかの地方ではあんまり食されてない食べものだったんですね。
 このことが、天ぷらって名前の混乱の原因になってるらしいですよ。
 ほら、九州で[ごぼてん]ってゆうと、東京での[ごぼう入り薩摩揚げ]が出てくるじゃないですか。
 東京じゃ薩摩揚げだけど、つけ揚げって呼ぶ地方のが多いのかな。あれを、天ぷらって呼ぶ地方もかなりあるんですよね。
 これどうも、[天ぷら]ってゆう名前だけは、全国的に有名になったんだけど、[天ぷら]そのものは、長らく江戸だけのものだった。そいで、「なに? 魚を油で揚げてある? それならこっちにもあるじゃないか」と、つけ揚げと天ぷらがいっしょになっちゃったことに由来しているようでございます。

 やがて現在になると、天ぷらって、やや高級なイメージありますよね。
 おそば屋さんや中華そば屋さんに比べると、ランク、上です。
 その一方で、先祖返り的な串天ぷらがはやり始めてるのも面白い。
 そもそも、大坂の串カツに通じる、庶民の食べものだったんですものね。
 そんなこんな。こんど天ぷら食べるときは、ちょっとだけ、江戸のにおいも、一緒に感じてね。
 てなわけで、本日はここまでです。
 明日は、当然のことながら、寿司のハナシです。
 でもって、明後日が、そばの番。
 そば好きのヒト、ちょと待っててね。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-02-25 16:17 | 読むラヂオ

「ネトウヨ化する日本」読んでみたっ。

 まいどっ、ちゃみでっす。
 よくさ、炎上とかありますよね。誰かの、ちょっとしたカキコミに対して、過剰なまでに過激で攻撃的なカキコミをするヒトたちがいるんですよね。
 そういうヒトは、匿名、顔が見えません。
 一体、どういうヒトたちなんだろ? と思ったことありません?d0287447_16444056.jpg
 そんなとき、ちょっと興味深い本に出会ったので、本日はブック・レビューでございます。
 その名も「ネトウヨ化する日本」というタイトルの本でございます。
 帯には[日常系アニメを愛でる人々が、なぜ「ネット右翼」と化すのか]という、いかにもそそられるコピーがくっついてます。
 ちょっと前の都知事選で、田母神候補が予想以上の得票を得たことが注目されてました。
 それも、20代に支持者が多かったんですよね。
 若者の右傾化とか、新保守主義の台頭か、などと新聞の記事にもなってました。
 田母神さんに投票した若いヒトたちって、ひょっとしてネトウヨっぽいヒトたちなのかな。でもって、新たな政治的カタマリになるのではないか。
 そういうことに、マジ? と思ったヒトには、興味深い一冊だと思います。
 著者は先ず、選挙で言うと浮動票にあたるヒトたち、新中間層と呼ばれているヒトたちを、フロートと名付けます。
 そして、フロートと呼ばれるヒトたちが、なにに共感し、どんなことに反応するのかと問題を設定します。
 その答えを得るために、ITの進化による、ネットとユーザーの距離感について考えます。
 また、そこで得られる臨場感やリアリティについて考えます。
 と、こう書いてゆくと、気づきますよね。
 そう。ネットの世界では、フィクションとリアルの教会が曖昧になってゆきます。
 オタクと呼ばれるような、特定のコンテンツにのめり込むヒトたちにとっては、コンテンツの世界は、それはもう限りなく現実に近いモノと感じられているでしょう。
 そこまでは分かりますよね。
 けど、そこから先になると、著者の熱い想いは、ときに読者をおいてけぼりにしながら疾走してゆきます。
 大久保のヘイトスピーチをするヒトたち、[在特]についての論考にいたると、著者のほとばしるような想いさえ感じてしまいます。
 それでもなお、ネットの世界から、なぜネトウヨと呼ばれるヒトたちがあらわれるのか、十分な答えは得られません。
 少なくともちゃみは、著者の論考とネトウヨという存在がどう結びつくのか、はっきり納得はできませんでした。
 それでもなお、著者は、さらにその先へ、ネットあるこの世界に生きる私たちにとっての、あり得べき未来へと論を進めてゆきます。
 しかも、そこで取り上げられるのは「涼宮はるひ」「進撃の巨人」「カゲロウデイズ」などなどのオタク的コンテンツであり、同時に、日本の近代浪漫主義や三島由紀夫なのであります。
 この飛躍と跳躍は、とってもIT時代っぽくって、文章というよりは、論考のスピード感とあいまって、けっこうエキサイティングな評論となって成立しています。
 けどさ、かなり分かるヒトには分かるけど、分からないヒトたちには分からない世界であることもジジツです。
 そう思うと、いわゆるオトナのみなさまがサブカルと思っていたモノが、同時代を生きてきた世代に、どれだけ影響を与えてきたか、改めて思い知らされる感もたっぷりです。
 そして、ITというモノの急速な進歩が、新たな世代間の格差、それも感受性の差につながっているのではないかと考えてしまいます。
 それも、かつての10年20年のくくりじゃなくって、5年きざみ、文字通りドッグイヤー的な差異を世ぢあかんに生み出しているのかもしれません。
 だってさ、初期2ちゃんねるは、ITのハードルが高かったので、集まるヒトたちも、いわばマニアックで同質性があった。だが、スマホで参加できるようになり、垣根が低くなると、そのような同質性が失われる。
 みあいなこと言われても、ねえ。
 それはともかく、この30歳の著者には、ネトウヨについて、まだまだ言いたいことがありそうです。
 駆け足のあとがきの中で、自分もネトウヨ的情報に接し続けてきたという自覚があると告白もしています。
 そういう意味で、この本を紹介した日経新聞の記事は正しいのかもしれません。
「これは、ネトウヨの闘病日記である」と。
 まさしく、力作であります。
 IT時代の、ネットの中での、さまざまな理解できない現象に、なぜだろうと疑問を持つヒトにとって、立場の違いを越えて、必読の一冊であると思います。
 読んでみてっ。
 ぜったいオススメです。

 てなわけで、今日はここまででっす。
 明日からはね、江戸だよりとして、江戸の食べもののハナシが何回かつづくことになってます。
 硬軟とりまぜの[読むラヂオ]、週末あたりは、うんとやらかいか、ちょと硬いか、になるかもしれません。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-02-24 13:30 | 読むラヂオ

番付ごっこって面白い。

 まいどっ、ちゃみでっす。
 んっとね、昨日の新聞の、それも東京面で、ちょっと面白い記事めっけたので、本日は、そのお話しでございます。d0287447_13124584.jpg

[ウサギ・松・・・何でも番付に]と見出しにございますですね。
 荒川区の区立荒川ふるさと文化館というところで、[番付から見るあらかわ展]という展示の紹介でございます。
 ちゃみが興味持ったのは、荒川ではなく、番付のほうでした。
 荒川のみなさま、ごめんなさい。
 番付って、そもそも、お相撲ですよね。力士の格付け表というか、ランキング表というか、ともかく、お相撲さん全員の名前が、強いヒト順に順番に一枚の紙に書いてあるやつ。
 あれをね、他のいろいろなものにあてはめて、格付けっつうか、ランキングっつうか、そういうのの番付作るのを、[見立て番付]ってゆうんだそうです。
 どんなのがあるかというと、ま、代表的ななのは、お料理屋さんにうなぎ屋さん、お蕎麦やさん。
 江戸に数あるお料理屋さんやうなぎ屋、そば屋を格付けして、番付にしてあるわけ。
 つまり、グルメガイドですよね、要するに。
 三役以上にランキングされたら、さしずめミシュランの星つきもんってとこでしょうか。
 こういうの、江戸時代にすでにあったんですね。
 ちょっとびっくり。
 だって、江戸時代のヒト、そういう番付見て、「行ってみたいな」とか「行ったけど、大したことない」とか、あれこれ話題にしてたわけでしょ。
 こういうの、なんていうんですか? 市民社会? 大衆化社会?
 ともかく、今とそんなに変わらないことを話題にしてたわけですから、江戸時代、昔と侮るなかれでございます。
 でもって、見立て番付は、誰もが興味を持ちそうなことに、どんどん拡大してゆきます。
 全国の桜と松の名勝の[松桜競]なんてゆう番付もあったんですって。さらには、日本中の橋の番付。ここでは、千住大橋は、行司として真ん中にその名前があったんだとか。
 千住大橋、有名だったんですね。
 けど、松や桜の名所に、橋の番付。これって、旅ガイドですよね。
 さらには、ウサギの飼育家の番付まであったんですって。
 なんでも、明治の初めごろに、ウサギを飼うのが流行したせいで、こんな番付が残っているのだとか。
 面白いですね。
 殿方用には、もちろん、芸者さんの番付とか、吉原の花魁の番付とかもあったそうですよ。
 でもって、番付売りという商売まであったといいますから、けっこう何種類も、しょっちゅう新しい番付が、売り出されていたんでしょうね。

 けど、この手の番付ってゆうのも、問題ないわけじゃないですよね。
 たとえば、あるお店にミシュランの星がついちゃう。すると、それまでは、知るヒトぞ知るおいしいお店だったものが、[ミシュラン1つ星の味はどんなもんだ]ってゆうお客さんが増えちゃう。
 つまり、余計な先入観が入っちゃうわけじゃない。
 そこ、なんか違うって思うんだよね。
 そういえば、看板も出していない隠れ家バーが、誰かが食べログにupしちゃったせいで、迷惑したと、裁判起こしてますよね。
 もちろん、ガイドブックは便利です。食べログも利用します。
 けど、みんなで情報up系のサイトって、upしてるヒトの判断基準がまちまちなわけじゃない。
 だから、そこ納得した上で利用しないとね。だって、情報に騙された的気分になるのイヤでしょ。
 食べものやさんって、キホン、足で探すのが、やっぱり本来のあり方ではないかと思います。

 けど、他愛ないランキングごっこは面白いよね。
 数人でわいわい、飲んでても、ただのおしゃべりでもいいんだけど、ベストテン系って、盛り上がりやすいよね。
 ちゃみはね、ベストテンじゃなくって、王室作っちゃうんだ。
 たとえば、フライ王家だったら、キングはどしたって、トンカツね。
 フライとは呼ばないけど、パン粉揚げ物系の元祖ですからね。やっぱり、キングはトンカツ。
 クイーンは、そりゃ海老フライですよ。堂々たるもんでしょ。
 でもって、プリンスがカキフライで、プリンセスはカニクリームコロッケ。
 キングには弟が一人いて、一口ヒレカツなの。
 コロッケは、あれは王家のニンゲンじゃなくって、内務大臣くらいかな。
 白身魚フライは、王子の従姉妹くらいな感じだけど、アジフライは、いいとこ騎士階級だね。
 と、そんな感じでランク付けしてくのです。
 面白いでしょ。
 それもさ、自分的絶対ランキングでも、数人でまとめる最大公約数ランキングでも、どっちも盛り上がること請け合いでございます。

 あ、お腹空いてきた。
 てなわけで、本日はここまでです。
 来週は、江戸のハナシするとか言ってます。
 けど、例によって、どうなるかは分かりません。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-02-21 13:13 | 読むラヂオ

寒いので、鍋のハナシ・その4

 まいどっ、ちゃみでっす。
 今週は、ずっと鍋のお話ししてきました。
 その気になって、食べたヒト、いる?d0287447_12313885.jpg
 蒼辰ちは、昨日も鍋でした。ただし、時間が押しちゃったための、間に合わせ鍋だそうで、こぉ〜んな感じです。
 でも、おいしそうじゃない。
 あり合わせのモノで、ぱっぱっぱっと材料切っちゃえば、それなりになっちゃうとこが、なんつっても鍋の魅力でございます。
 だってさ、料理の腕、あんまし関係ないもんね。
 あったまるし、それなり豪華感あるし、満足感もくっついてくるし、飲んでよし、食べてよし。
 そう思うと、鍋って、万能の家庭料理ですね。
 蒼辰ちじゃ、夏もやるみたいですよ。
 胃腸が疲れてるときなんかに、冷房かけて、鍋やって、お腹を暖めるのだそうです。
 なるほどね。

 そんなわけで、鍋のお話し、最終日の本日は、外国にもあるよねっ、というお話しです。
 ただし、シチューのこと考えても分かるんだけど、外国のお鍋料理って、[食卓で調理する]ってゆう鍋定義からは外れるんだよね。
 なので、冬のあったま鍋料理だと思ってください。d0287447_1232253.jpg
 先ずはこれ。
 あり合わせ材料で、洋風にしたいとき、蒼辰ちでは、ポトフやるそうです。
 あ、これね。おいしそうじゃない。
 ポトフ、フランス語です。Pot au feu とつづるのだそうです。
 意味は? 火の上の鍋。お、まんまじゃん。
 そう。冬の寒いとき、早めに仕込んで、ストーブの上かなんかに置いといて、帰ってきたヒトもんじゅんに食べる。そんな感じかな。
 もっぱら家庭料理ですので、レストランのメニュには、先ずありません。
 じゃ作るっきゃないんだ。
 どやって作るの?
 だから、材料を塩コショウしながら炒めて、水、どばぁっと入れて、ブイヨン入れて、ことこと煮て、塩でお味を調える。
 そんだけ? あ、そんだけなんだ。
 決して本格的ではないけど、それでもポトフらしきモノにはなるし、けっこうおいしいよ、と蒼辰言ってます。
 材料は? ありあわせ。豚があれば豚を入れ、牛があれば牛を入れ、どっちもなければ鶏でもソーセージでもいいんだ。
 あと、キャベツ、ジャガイモ、ニンジン、キノコ類と、カブもおいしいよね。
 そんな、あり合わせ材料で、簡単に作れて、大人数に対応できるところは、いかにも鍋料理って感じですね。

 お次は?d0287447_12321844.jpg
 あ、お友だちとの新年会で食べた中華鍋だ。
 けど、火鍋とは違ってたよね。
 火鍋は、しゃぶしゃぶみたく、テーブルで、ナマの材料を鍋に入れて、火を通してから食べますが、こちらは、火が入った状態で登場です。
 もちろん、スープにもお味ついてます。
 けっこうあっさり味でした。
 で、中味がすごい。お野菜と春雨はもちろんですが、蟹に海老に、さらにスッポンが入ってます。
 滋養強壮でございます。
 すんごい値段とられるのかと思ったらそうでもなかった。ここに、お餅、麺、さらに最後はご飯入れて、おじやにします。
 ボリュームたっぷりでございました。

 と、写真がここで尽きてしまいましたが、他にもいろいろあるよね。
 一昨日、写真upしたボルシチでしょ。高級なとこだと、ビーフ・シチュウ。もちろん、白いほうもおいしいよね。
 中華もさ、火鍋のほかにも、あったまる系スープでいうと、サンラータンあるでしょ。
 あと、香港・広東あたりでは、冬の滋養強壮料理に蛇のスープ食べるんだよね。
 これ、いつか食べてみたい。
 そして、忘れちゃいけないのが、韓流です。
 チゲ、いろいろあるよね。
 お手軽で、大久保あたりじゃランチ700円くらいから食べられるのが、テンジャンチゲ。
 大勢でわいわいやりたいのが、ブテチゲ。
 あと、湯=タン系? へムルタンは、海鮮のスープ鍋のことだよね。これまた、食べでがあって、おいしいです。

 来週あたりからはすこぉ〜しあったかくなるみたいだけど、そいでもまだまだ寒いです。
 鍋、まだまだ楽しめるぞ。
 消化にいいし、栄養のバランスもいいし、風邪の予防にもなるし。
 もうちょいで春になるから、そこまで、あったま鍋でのりきりましょう。

 てなわけで、本日はここまでです。
 明日は、鍋のハナシはしません。
 なんか、近頃の話題的なことになる予定です。
 でもって、来週は、週のまんなからへんは、なんか江戸の食べもののハナシだそうです。
 そういや、ジャンルに[江戸だより]ってのができたんだった。
 もっとも、分類、あんまし意味ないけどね、ウチ。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-02-20 12:32 | 読むラヂオ

寒いので、鍋のハナシ・その3

 まいどっ、ちゃみでっす。
 今日もさびゅいですね。今週、寒そうだというので、急きょはじめた鍋のハナシ。
 季節的には、はまったかな?
 さて、昨日は、しゃぶしゃぶは、ちり鍋の具を、魚から肉に変えたものではなかった、というお話でございました。
 遠く、北京の火鍋にルーツがあったんですね。
 それにしても、中央突起型の火鍋用鍋、なぜ絶滅してしまったのか、残念でなりません。
 だって、なんかいいじゃん。昔っぽいってゆうか、王子のお忍びみたいで。
 え? それを言うなら、往時を偲ぶ。
 失礼いたしやした。
d0287447_13365256.jpg
 というわけで、本日はスキヤキのお話しでございます。
 パッとしないけど、いちお〜写真もupされてます。いつも写真へたっぴだけど、これ、マジひどいね。ピントも甘いぞ。
 そいでもスキヤキって分かるから、ま、い〜か。
 ところでですね、なんで鍋のハナシで、わざわざスキヤキのハナシをするかってゆうと、ある違和感があると、蒼辰が言ってます。
 ど〜ゆ〜違和感ですか?
 ほれ、よく大好きな鍋ベスト10みたいのが、読者投票とかでランキングされたりするじゃないですか。
 あの中に、たいてい入っているんだけど、鍋? と違和感を感じるモノがふたつある。
 ひとつが、おでん。
 これはね、一昨日話した、[食卓で料理するもの]っていう鍋の定義に外れるものね。
 おでんはたいてい、出来上がった状態で食します。
 で、もいっこが、スキヤキだというのですか。
 なんで? こっちはちゃんと、食卓で調理するよ。
 そいでも、あれって鍋ぇ? という疑問が残るというのですね、蒼辰は。
 いいでしょ。大好きな[はじまり探し][ルーツ探し]に付き合ってやろうじゃありませんか。

 ふつうに考えればさ、江戸時代、ニホンジンは、お肉、まして牛肉みたいな乳臭いお肉は食べなかった。
 ところが、文明開化とともに、牛肉食文化が入ってきて、やがてニホンジン向けにアレンジされたスキヤキとなった。
 こういうことじゃないの?
 違うんだ。
 だと思った。
 なになに。そもそも、スキヤキという料理は、江戸時代にあった。
 え? マジ?
 農機具に、鋤(スキ)というものがあります。
 木の柄の先に、長方形の少し反った鉄板がくっついてるヤツですね。畑を耕すときに使います。
 あの鋤の、鉄板の上で、鶏とか獣の肉を焼いて食べる、スキヤキという料理があったのですか。
 ふえっ。江戸時代のヒト、お肉食べてたの?
 食べてたんだ。鴨とか雉とかの野鳥や、あと、猪や兎。
 おやま、ジビエじゃない。
 つまり、食用の家畜は飼ってなかったけど、野生動物は食べてたんだ。
 鳥はもともと、仏教戒律の獣食のうちに入ってなかったからオッケー。で、兎は、鳥ですって言って食べたんだ。だから、兎は、一羽二羽と数える。
 なるほどね。じゃ、猪は。
 こちらは、薬だと言って食べてた。あ〜、漢方薬とか、生き物由来のものあるものね。そういうものの一種として食べてたのか。
 こういうのを[薬食い]というのですか。
 徳川将軍も、献上品の牛肉の味噌漬けとかを、食事じゃなく[薬食い]として食べてたんだ。
 へ〜え、江戸時代、イメージよか肉食してたんだなぁ。

 ちょちょちょ、ちょっと待って。スキヤキのハナシでしょ、スキヤキの。
 いつのまにか、江戸時代の肉食のハナシになってやんの。ったく。
 そいで? そんなニホンに、維新より前、横浜開港と同時に、食肉文化がどっと入ってきます。
 そらそうだ。居留地のガイジンさんは、せっかく岡に上がったんだから、新鮮な牛乳に、おいしいお肉、求めますわな、そりゃ。
 そこで、そういうものを供給するお百姓さんがあらわれ、やがて、ガイジンがどのように食べているかも、ふつうのニホンジンの知るところとなります。
 やがて、明治になると、そこでどういうわけか、仏教戒律から自由になって、獣食するようになっちゃうんだよね。
 どうして?
 廃仏毀釈とかあって、ちょっと仏教排斥運動みたいのが、政府主導で起こったのも影響しているのかもね。
 ともかく、ずいぶんと長い間、仏さまの教えにしたがって、原則、四つ足の獣は食べなかったニホンジンが、明治の声とともに、大いに肉食を取り入れるようになっちゃったのは、みなさまもよくご存知のジジツでございます。
 ほいで、明治の初めごろ、横浜をはしりに、次々と牛鍋屋さんが登場いたします。
 仮名垣魯文の「安愚楽鍋」の舞台でございますね。
「ちょいと姉さん、ネギをくんねぇ」でございます。
 この牛鍋、味噌や醤油で、かなり濃いめに味付けをしたものだったみたいですね。
 なんか分かる気がする。
 それまで食べたことのなかった牛肉、かなり臭く感じたんだと思いますよ。
 その一方、関西では、鉄板の上で肉を焼き、そのお肉に醤油や砂糖で味付けをする、スキヤキが登場しました。
 おや、こっちのがスキヤキのルーツに近いじゃん。
 その後、関東の牛鍋と、関西のスキヤキの交流があり、現在のカタチになったと言われています。
 ん?
 ちょ〜っと。それ、大ざっぱすぎない? 東西の交流があり、現在の形になった、って。そりゃそうかもしれないけど、なんかないんっすか?
 いっつも、けっこくどくどたどるくせに。
 え? 現在のところ、調べてもそこまでしか分からない。
 なぁ〜んだ。
 ま、いいでしょ。分かりましたよ、大ざっぱなスキヤキのルーツは。
 で、なんで鍋の中に入れることに違和感があるんですか?
 先ず、専門店発祥で、[寄せ]や[ちり]みたいに、家庭料理発祥じゃない。
 ま、そうですね。
 あと、溶き卵で食すとことか、鍋が、ごく浅いものを使うとことか、いちいちが独特すぎて、どうも他の鍋とは一線を画したくなるんだ、と。
 ま、分かんないでもないですけどね。
 ってゆうか、ご馳走感が突出してるからなんじゃないの?
 今でこそ、牛しゃぶをはじめ、いろぉ〜んなご馳走が家庭でも食べられるけど、かつては、お家で食す中では、ほぼ最高のご馳走でしょ。
 今でも、お正月の夜とか、けっこうハレの食事として食べる家あるもんね。
 そういうスキヤキの持つご馳走感を大事にしたいから、他の鍋といっしょにしたくないんじゃないの?
 スキヤキは、スキヤキという孤高の料理だ、って思ってたいんだよ、きっと。

 てなわけで、きょうもまとめは、ちゃみでした。
 明日もやるの? あ、やるんだ。
 鍋のハナシの、しつこい4回目が、明日のお話しらしいです。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-02-19 13:37 | 読むラヂオ

寒いので、鍋のハナシ・その2

 まいどっ、ちゃみでっす。
 急きょ始めました、鍋のお話しの第二回目でございます。d0287447_18531912.jpg
 本日のお話しとは、関係ナシに写真を一枚upしております。
 こちら、ボルシチでございますね。高田馬場の駅前のビルの2階にある、おいしいロシア料理店のものでございます。
 ソチの選手村でも、ボルシチ、好評だとか。
 もとは、ウクライナの首都キエフにルーツを持つ、ロシアを代表する、まぁ、鍋料理のひとつでございますね。

 さて、昨日は、そもそも鍋って、もっとも原始的な家庭料理ではないのか、てなぐあいに、ちゃみ的にまとめてみました。
 けど、なんか、気になるハナシがいくつかありましたよね。
 ちり鍋のちりは、魚がちりちりになるところから名付けられたそうです。
 では、そこにお肉を用いれば、しゃぶしゃぶではないかという、ちゃみの意見に、蒼辰がなにやらごにょごにょ言っておりました。
 もいっこ。[食卓で調理する]のが、鍋の定義だと、蒼辰が申しておりましたが、これにも、なんですか、自分で疑問符つけてましたね。
 いえ、自分で言ったことに、自分で疑問符つけちゃうのは、蒼辰の悪いクセなんですけどね。
 てなわけで、鍋のハナシの2回目は、どうやら[しゃぶしゃぶ]と[スキヤキ]のお話しになるようです。
 どうせ、ルーツ探しでしょ。
 やぁ~っぱそうだ。

 てなわけで、[しゃぶしゃぶ]のルーツを尋ねてみますと、驚くべきことが分かったのであります。
 ぬあんと、[しゃぶしゃぶ]は商標登録されていたのです。
 どゆこと?
[寄せ]も[ちり]も[ちゃんこ]も[湯豆腐]も、誰でも使
える一般名詞であるのに対して、しゃぶしゃぶは、登録したヒ
トしか使えないように、商標登録してあったとゆうのですか。
 ぎょえっ。
[しゃぶしゃぶ]という名前は、1952年 昭和27年に、大坂スエヒロが、新メニューに用いたのがはじまりであると。
 語源はもちろん、鍋の中で、お肉をしゃぶしゃぶすることからでした。
 が、大坂スエヒロは、1955年 昭和30年に、商標登録してしまうのです。
 ところが、ひとひねりありました。
 大坂スエヒロが商標登録したのは[肉のしゃぶしゃぶ]だったのです。
 これ、[しゃぶしゃぶ]だけなら、どこのお店でも使えるようにという配慮だったんですって。
 つまり[しゃぶしゃぶ]のルーツは主張しながら、普及はさまたげなかったと。
 はは~ん。当時の社長さんの配慮だそうですが、なにか、大坂商人らしいものを感じてしまいます。
 損して得とる的な?

 でもって、大坂スエヒロのしゃぶしゃぶ鍋には、中央に突起があったのだそうです。
 突起?
 鍋の真ん中に、塔みたいな突起があって、そこが、鍋の水面より上に出ている。
 ふ~ん。
 これ、開発当時、炭を入れていた名残なのだとか。
 はぁはぁ。真ん中の突起に炭を入れて、鍋してたのか。
 ところで、しゃぶしゃぶのルーツには、もうひとつの説があります。
 戦時中、軍医として北京に赴任していたヒトが持ち帰ったという説です。
 北京では羊肉を用いていたのを、牛肉に変えるなどして、現在のカタチになったというものです。
 この、北京の火鍋の鍋が、やはり中央突起型なのだそうです。
 ここで、蒼辰があることを思い出しました。
 それは昭和30年代のこと。蒼辰の家には、中央に突起のある、電気式の鍋があったというのです。
 その箱には[火鍋]の文字があり、それを[ホーコー]と読むことを、戦前派の両親は常識のように知っていた、というのです。
 う~む。
 なんか本家と元祖みたいなハナシになってきました。

 そうすっと、ど~ゆ~ことだ。
 もともと、中国は北京らあたりには、中央突起型の鍋を用いて、羊肉などを食する火鍋という料理があった。
 それを、ニホンに持ちこみ、はじめ牛肉、のち豚肉も用いるようになり、ニホンの[しゃぶしゃぶ]になったのではないか、と。
 こういうことか。
 けどさ、今、中国の火鍋っていうのには、中央突起なんかないよね。
 平たい鍋の真ん中が、S字に区切ってあって、二種類のスープを楽しむ、ってゆうのが、定番じゃないんですか?
 そうなんだけど、あれって、20年くらい前に、香港で火鍋が流行したときにできたものでわないかと。
 蒼辰はそう思ってるのね。
 それに、今流行ってる火鍋って、スープに味のついてる[寄せ]型の鍋だよね。
 でも、ニホンのしゃぶしゃぶは[ちり]型です。
 それに、中央突起型の鍋、いつ間にか、見なくなっちゃいました。
 なぁ~んか、ミステリーな結末だなぁ。
[しゃぶしゃぶ]のルーツは、北京の火鍋にあることはどうやら間違いなさそうですよね。
 でも、[しゃぶしゃぶ]と名がついた時点から、さまざまなヒトのアイディアや、ニホンにもともとあった鍋料理との混ざり合いっつうか、影響されたっつうか、アレンジされて、今の[しゃぶしゃぶ]になったっつうことか。
 けど、いつごろからポピラーになったの?
 東京オリンピックあたりじゃないか、って?
 あの、鉄板焼きっていう、どう考えても日本料理とは思えないものが、外国の日本料理店で出されたのと、おおよそ軌をいつにするのではないかってゆうのね。
 ま、気軽にお肉が食べられるようになったころ、ってゆうことなんでしょうね。
 で、蒼辰は、その電気火鍋で、お肉食べてたの?
 じゃなくって、ふつうにタラの入ってる[ちり鍋]だった。
 やぁ~っぱそうか。
 ま、ともかくそんなわけで、しゃぶしゃぶは[ちり鍋]に、お肉を用いるようになったものではなく、ルーツは、遠く中国は北京にある料理ということのようでございます。

 ハナシが長くなってきたぞ。
 しょうがないから、スキヤキのハナシは明日に延期いたします。
 というわけで、明日は、鍋のお話しの3回目です。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-02-18 18:53 | 読むラヂオ

寒いので、鍋のハナシ・その1

 まいどっ、ちゃみでっす。
 さびゅいっしゅにぇ〜っ。なんかさ、町中、氷漬けになってる気分でありましゅ。
 しかもさ、週間予報、見ました? また降るみたいよ、週のまんなからへんに。気温もちゃっとも上がんないみたいだし。
 まだまだ、さみゅい日がつづきそうでございます。d0287447_18105872.jpg
 そんな日々には、鍋っ!
 というわけで、今週は急きょ、鍋のおハナシをすることになりました。
 この写真・・ああ、野球チームの新年会のときのだ。
 これ、魚しゃぶだったんですよね。なので、後ろにお魚のほうの写真もくっつけときますね。
 けどさ、鍋って、あんま写真映えしないっすよね。まして、食べてる途中って、早い話、ぐちゃぐちゃだもんね。
 それと、湯気があるし、笑っちゃったのは、自動でフラッシュ光っちゃったら、反射しちゃって、ただぎんぎらが映ってるだけだったんだよね。
 なので、おいしそうな写真はあんまりありません。あしからず。
d0287447_18111425.jpg
 さて、お家で食べる鍋といえば、まず[寄せ]と[ちり]ですよね。
 [寄せ鍋]は、もともと寄席の楽屋で、噺家さんたちが出番を待つ間に腹ごしらえに食べていた・・って、まぁ〜たまた、まぁ〜っかなウソッ! でしょ、それ。
 決まってんじゃん、そんなハナシ。
[寄せ鍋]の[寄せ]は、いろいろなものを[寄せ集めて]食べるから、[寄せ]です。
 分かりやすい。
 なんだけど、これ、[ちり]との違いをあらわしてませんよね。
 ふつうは、[寄せ]は、お汁にお味がついていて、そのまま食すもの、ってゆうのが、[寄せ鍋]の定義ですよね。
 その代表は、なんつってもちゃんこ鍋です。
 味にも、塩・醤油・味噌とバリエーションがあって、材料も[寄せあつめ]でいいわけですから、なんでもあり。
 栄養があって、バランスもよくって、どれだけでご飯食べられて、ある意味、コンプリート・ミールかもしれません。
 おいちいよね。
 そして、[ちり鍋]は、明治時代に南米のチリから伝わった・・って、それも、まぁ〜っかなウソッ!
 ぼけてないで、さき進めようよ、ったく。
[ちり]は、[寄せ]とは違って、ダシだけで、お汁に味をつけず、ポン酢などのつけだれで食鍋でございますね。
 家庭では、こっちのが一般的かな。
 簡単ですものね。
 代表は、湯豆腐・・ってゆうのは、まぁ〜っかなウソッ! って、なんでぇ。湯豆腐といえば[ちり鍋]の代表でしょうが。
 え? 違うの? どして?
[ちり鍋]の語源は、魚の身がちりちりになるところから、[ちり鍋]になった。
 なので、魚が入ってない湯豆腐は、[ちり鍋]じゃないんだ。
 ふぅ〜ん。じゃ、湯豆腐は、なに鍋なの? は? 豆腐料理?
 そうだけど、なんかごまかされてるような気が・・・。

 けどさ、[ちり]の語源が、魚の身がちりちりになるとこからってゆうんなら、しゃぶしゃぶはどうなるのよ。
 あれは[しゃぶしゃぶ]ってゆう、別の料理だ、って?
 そらそうだけど、蒼辰ちだって、魚入れるときと、肉入れるときと、なにが違うかって、魚か肉かの違いだけで、同じ鍋じゃない。
 なに? そんなに言うなら、鍋を定義してみろ、って?
 なべをてぇ〜ぎ?
 い〜わよ。鍋を、て〜ぎすればいいのね。
 こほん。
[材料を鍋に入れ、食える状態になれば、鍋]
 どお?
 お前、大ざっぱすぎ、って?
 やっぱり。
 じゃ、蒼辰、鍋を定義してくださいよ。どうなるんですか?
 つまり、
[食卓で調理すること]
 なんだ。
 ほおほお。
 つまり、居酒屋さんで注文しても、煮上がったものを出すことはしません。必ず、客のテーブルで火にかけます。
 あれ、パフォーマンスじゃないの。
 温泉旅館とかでも、なんとか鍋は、必ずその場で、火にかけます。
 ああ、あの蝋燭の兄貴分みたいなヤツでね。
 それに対して、似たような料理でも、たとえばモツ煮込みでも、豚汁でも、煮上がった状態で食卓に運ばれます。
 なので、これらは鍋料理ではない、と。
 なぁ〜るへそ。
 けどさ・・・。
 ありゃ、ちょっと待てと言われました。
 なになに。今、頭に浮かんだだろう疑問は、明日明後日に話すから。
 あ、そうっすか。
 その前に、お話ししとかなきゃいけないことがあるのですね。

 なに? 鍋のルーツ。
 まぁ〜た始まった。ホント、蒼辰って、はじまりとかルーツ好きですよね。
 過去があって今があるのだから、はじまりを振り返るのは大切だと。
 はじまりにこそ本質が隠れ、今にいたる変化の中に時代が映されているんだ、と。
 はは、分かりましたよ。
 んで、鍋のルーツは?
 それは、いろり鍋です。
 その昔、ニホンの農家には、囲炉裏というものがありました。
 あ〜、板の間の真ん中が、四角く区切ってあって、そこでたきぎ燃やして、暖房のかわりにもしてた、あれね。
 で、囲炉裏の上には、天井から自在鉤というものが下がってます。
 この自在鉤に、鉄鍋を下げ、囲炉裏の炎で調理しました。
 これが、いろり鍋。
 う〜んと貧しかったその昔、いろり鍋であり合わせの材料を煮こみ、家族みんなで取り分けて食べていたんですね。
 貧しいけれど、あったかそ。
 そして江戸時代になると、お料理やさんでは[小鍋仕立て]という少人数向けの料理を提供していたんだそうです。
 火鉢やコンロを利用して、食卓で調理するものだったんだ。
 ん? 今どきの温泉旅館で出す、一人ひとり鍋に近い感じじゃない?
 あ、やっぱそうなんだ。
 このあたりが、今日につながる鍋料理のルーツではないか、って?
 けどさ、落語の、ほら、[二番煎じ]だ。
 冬、番屋であったまろうってゆうんで、鍋つついてると、お侍が見回りに来ちゃうんじゃない。
 ほんで、番屋での料理は禁止だから、「風邪気味なので、薬を煎じております」って言い訳すると、お侍、「拙者も風邪気味だ」とか言って、鍋一杯食べてくんだよね。
 そいで、去り際に「二番を煎じておけ」ってゆうのがオチになってるんじゃない。
 そもそもさ、江戸時代の料理屋よかもっと昔、農家の囲炉裏よりもさらに昔。
 ほとんど原始時代と見分けつかないくらい昔のこと考えればさ、鍋に水入れるでしょ、食べられる材料入れるでしょ、お腹空かないように穀類も入れるでしょ、でもって、塩で味付けるんですよ。
 そういう、雑炊的ななにか? そういうのが、家庭料理っつうか、特権階級以外のたいていのふつうのニンゲンが、歴史のはじめごろに食べてた料理のルーツでしょうが。
 西洋のシチューだってなんだって、はじまりはきっと似たようなもんだと思うよ。
 ニホンでいえば、そういう雑炊的なモノが、ちっと豊かな時代になると、鍋とご飯に分離したんじゃないの?
 ちゃみは、そう思うよ。
 お、みごとに[はじまりに本質を見つけ]、[変化の中に時代を映し]てるでわないですか。
 あれ? どしたの、蒼辰。
 なんか、めげてます。

 てなわけで、今日はここまでです。
 明日も、鍋のハナシの続きです。
 [しゃぶしゃぶ]のはじまりと、本日の鍋料理の定義はホントに正しいのか、的なハナシになるはずです。
 つまんなそ?
 そう言わないでよ。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-02-17 18:11 | 読むラヂオ