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16年春リニューアルしました! 蒼辰が書くおハナシを随時アップしております。ちゃみのMCともども、読んでやって下さいまし。
by planetebleue
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<   2014年 12月 ( 12 )   > この月の画像一覧

来年はどんな年っ!

 まいどっ、ちゃみでっす。
 さて、いよいよ押し詰まってまいりましたですね。
 というわけで、恒例になりました、来年はどんな年っ、でございます。
 来年は、西暦2015年、平成27年でございます。
 乙未(きのとひつじ)という年になります。
 ほいじゃ、どんなことがあるのかなぁ〜っと思って調べてみると、ありゃま、あんまし、ないんですね。
 ほぎゃ。
 スポーツ関係でゆうと、8月に世界陸上が、北京を舞台に行われます。
 でも、これ、オリンピックない年には必ずやってるよね。
 あと、ラグビーのワールドカップが、9月にイングランドで行われます。
 まぁ、サッカーのワールドカップほどは盛り上がらないけどね。
 政治のほうも、思う壺解散で、14年12月に総選挙やっちゃいましたし、参議院の選挙もありません。
 4月に、統一地方選というのは行われますけどね。
 う〜ん。争点的には、総選挙と一緒で、イマイチ感がありますよね。
 その前に、現政権に失言とかスキャンダルとか失政とかあれば別だけど。
 ほいでね、14年は、阿倍野ハルカスとか虎ノ門ヒルズのオープンとかあったんだけど、今分かる範囲でゆうと、そういうのも予定、みつかりませんでした。
 てなわけで、わりと地味な、いつも通りに地道にやってけよ、みたいな年ではあります。
 そんな中、わりと華やかな話題というと、3月14日ですか、北陸新幹線が、金沢まで延伸・開業いたします。
 東京から3時間半で行けちゃうの?
 すっごい近くなるよね。
 どっちから行っても乗り換え必須だったし、ため息でるほど時間がかかってた今までを考えると、とんでもない近さになりました。
 こっちから行くのもそうだけど、金沢や富山のヒトも、こっちに出やすくなるよね。
 う〜む。あっちからこっちのほうが、ヒトの流れ的に変化は大きいのかも。
 あと、鉄道関係だと、品川東京上野ラインというものが、開通いたします。
 これで、常磐線の特急が品川まで来たり、東海道線が、東京駅経由で、東北線や常磐線と結ばれるみたいよ。
 ちゃみ的には、なにがどんくらい便利になるのか、よく分からないんですけどね。
 ただ、これによって、例の品川・田町間に作る新駅の工事が開始されるのかも、なんですって。
 あのあたり、まぁ〜たマンション増えるのかも。
 それはいいんだけど、なんか、買い物に不便なエリアではありますよね。
 それと品川駅? そんだけいろいろなトコ行ける鉄道が通るわりに、周辺、なんか地味だよね。
 品川に行こう、ってキモチになるような、なにかが欲しいとこなんだけどなぁ。
 あんだけもめて、とうとう取り壊された京浜ホテルの跡地が、パチンコやじゃ。
 あ、そうそう。そいで、その3月14日までに、寝台特急の北斗星とトワイライトエキスプレスの運行が終わっちゃうんですね。
 コレでニホンには寝台特急、なくなっちゃうんだとか。
 夜汽車の旅情も、ついに過去のものとなるのであります。
 あと、道路。
 3月に、首都高中央環状線の、大井JCTと大橋JCT間が開通します。
 これでとうとう、1号線から、山手通り沿いに、3号線にも4号線にも5号線にも行けるようになるんだよね。
 便利にはなる。便利にはなるんだけど、果たして、渋滞は解消するのでありましょうか。
 高松から大橋まで開通したときも、地上の道路はかわんなかったからね。今度も、山手通りの渋滞解消にはならないのかもしれない。
 かわりに、首都高の環状線への渋滞が、多少は緩和されるかもね。
 あすこの通過が早くなると、首都高、使い出がでるよね。
 期待したいです。
 あと、外環が、三郷から湾岸線まで開通するみたいですね。
 年度内とあるだけで、いつかわかんないんですけどね。
 ケド、ちゃみ的には、っつうか、蒼辰的には、これ大きい。
 なんせ、関越の入り口に近いとこに住んでますから。最初、外環ができたときも、東北道・常磐道へのアクセスが、もんのすごく良くなったのです。
 で、今度は、湾岸線。蒼辰ちのお墓がある外房のほうとか、あるいは成田空港行くにも、便利になるかもね。
 首都高経由より、距離は出るはずなんだけど、時間的には短縮されるんじゃないかな。
 こちらも、期待したいです。
 って、そんなとこ?
 はぁ〜、そんなとこなんですね。
 皆既日食があるけど、大西洋から北極海だって。ニンゲンさまの暮らしてるとこじゃないみたいです、
 あと、第二次大戦の終戦から70年になるんですね。
 そういうわけで、終戦関連の話題が、夏頃からあちこちで特集されるかもしれません。
 周年って、まぁ、記念して、思い出す意味はあるんだろうけど、どうなんだろうね。
 ほかに探すと、阪神淡路大震災から20年です。
 こちらは、まだまだ記憶が新しいし、ここから始まった震災・災害対策って、けっこうあるし、忘れずに、そしていつまでも、教訓にしたいと思います。
 と、そんなとこみたいです。2015年。
 ふぅ〜む。わりとベタな年になりそうですよね。
 けど、14年が、流行語でも、印象に残るものが少なかったりしたから、案外、予測と違った、記憶に残る年になるかもね。
 もちろん、いいことで、を願ってますケド。

 さて、そんなわけで、今年の当ブログも、今日でお終いです。
 新年は、5日あたりから再開しようと思ってマス。
 来年はね、ずっとやってきた歌舞伎シリーズ、あれをね、毎月の歌舞伎座の演目にまつわるハナシを軸に、歌舞伎の楽しさをおハナシしてこうと思ってマス。
 あと、3月16日には、F1、開幕します。
 いよいよ、ホンダが帰ってきます。楽しみです。
 F1、来年も、当ブログの柱のひとつでございます。
 一年間、楽しみましょうねっ。
 そして、蒼辰が、蒼辰としての活動を拡大しようと画策しているようでございます。
 そん時は、もちろん、このブログからもご案内してゆきますので、よろぴくねっ。
 さっ、大きな予定がない年ほど、フタを開けてみると、てんやわんやだったりするのだ。
 どんなてんやにも、どんなわんやにも、慌てず、柔軟に、対応していこうzey。
 みなさま、よいお年をっ!
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-12-29 13:30 | 読むラヂオ

ももクリ、行ってきたっ!

 まいどっ、ちゃみでっす。
 昨日は、予定してたテーマの、資料が足んなくって、upできませんでした。
d0287447_17282955.jpg
 え〜と、そのハナシはちょと後回しにして、本日は、一昨日、24日に行ってきました。ももクリのおハナシでございます。
 ももクリ、って言って、分かんないヒト、いるかな?
 ももいろクローバーZのクリスマス・ライヴ、略してももクリでございます。
 ももクリ、ももクロが、一年でもいちばん大事にしている、と言ってるライヴなんですよ。
 ま、今年は、春に国立2デイズがあったり、夏に日産スタジアム2デイズがあったり、ビッグ・ライヴがつづきましたからね。
 そういう意味では、さいたまスーパーアリーナ2デイズは、ちょと地味に感じてしまいますけどね。
 でもって、ちゃみと蒼辰にとっては、モモノフ・デビューとなったのでございます。
 なんかね、今、見とかなくっちゃ、って、蒼辰が言うんですよ。
 去年の秋でした。YouTubeでももクロのライヴ、初めて見たときに、[この娘らの、このオーラはなんじゃ]って、驚いちゃったんですよね。
 でもって、YouTube見まくって、ついには、去年のももクリ、春の国立と、Blu-ray出るたびに買っちゃってたんです。
 ほいで、それ繰り返し見ているうちに、ああ、この娘たちは、今、ひとつのピーク迎えてるな、旬だな、と思ったんですよね。
 そしたら、見るなら今見なくちゃ、って、いてもたってもいられなくなったのであります。
 願い叶って、運良くチケットも手に入り、いそいそと出かけたさいたまスーパーアリーナでございました。
 んがっ、ちゃみたちの席は・・じゃなくって、席、なかったんです。
 アリーナ後方のスタンディング・エリアというのが、ちゃみたちのゲットしたチケットなのでした。
 スタンディングなんですよ。立ってるのは、まぁ、いいですよ。どうせ、ライヴ始まっちゃえば、席あるヒトも立っちゃうんだから。
 けど、しかし、なのであります。
 蒼辰も、男性の平均身長より、低いです。ちゃみは、もっともっと、低いです。
 するとどうなるか。
 ステージ、見えないんですよ。
 ときどき、前方の肩山脈にすき間ができて、そこからちらっと見えるだけなのであります。
 もっとも、見えても豆粒・・どころか、米粒なんですけどね。
 んなわけで、ほとんど、3つあるスクリーンを眺めるしかなかったのでありました。
 まぁ、ビッグ・コンサートって、結局、そうなんですけどね。
 そいでも、あの米粒が、今スクリーンに映ってるんだなと、確認しながら見たかったのはやまやまでございます。
 そこ、ちと残念でした。
 でも、トロッコで、スタンドに沿って一周するパートがあって、そん時は、ほぼ15メートルくらい先。手を振るあーりんが、はっきりくっきり。やっと、実在するヒトだと確認できたのでありました。
 もいっこ残念だったのは、5色に変わるサイリュウムが、売り切れで買えなかったこと。
 おかげで、ちゃみも蒼辰も、空手。
 あれね、サイリュウムないと、なんとなく手を上げるのも気恥ずかしいものだと気がつきました。
 ま、そんなこんな、残念なこともあったし、くたびれもしたのでありましたが、がっかり・・は、しなかったよ。
 さすがに、ライヴの王者であります。
 正味3時間半が、ホント、あっという間に過ぎていったのでした。
 とくにね、ビッグ・ライヴは、生バンドが入るので、音の迫力はマジ、上質なロック・コンサートとなんも変わりません。
 歌もね、歌えてますよね、ももクロって。
 あとは、ダンスの迫力を、もっともっとナマで感じたかったんだけどなぁ。
 なんせ、ステージ見えない、見えても米粒じゃ、そこ、ナマで感じることはできませんでした。
 でもいいんだ。ちゃんとリベンジのチャンスが待ってるから。
 あと、気づいたこと、いくつか。
 女性ファンが多いです。Blu-rayで見た国立とかでも感じてたことなんだけど、女性アイドルとしては例外的なくらいに女性ファンが多いんじゃないでしょうか。
 それ、24日のupでもちょと触れたけど、いわゆる女性アイドル、っつうか、ごく狭いほうの女性アイドルの定義からは、もうはみ出しているのかもしれません、ももクロ。
 それと、思ってたより10代と、さらにお子さまの姿も多かったです。
 今回、ファミリー席が用意されてたせいもあるかもしれないけど、父と息子や娘もいたし、もっと目立ったのが母娘づれ。
 これって、ももクロがファン層を広げている証拠なのかもしれない。
 そこも、[いわゆる女性アイドル]を脱しつつあるとこなのかもね。
 あんまり知らないヒトのために、もっかい言っときます。
 ももクロを、アイドルってゆう先入観で見ちゃダメッ。
 てなわけで、幸せな3時間半にありがとう、なのでございました。

 と、ここまでで本日は、お終いです。
 昨日やろうとしてたのはね、ホーキンス博士が「人工知能の発達は人類の脅威になる」って発言したことなどをきっかけに、それマジ? っておハナシをするつもりだったのでございますよ。
 だがしかし、ちょと資料・材料不足が判明いたしまして、upを断念せざるを得ませんでした。
 けど、これ、近いうち、改めてやることにしようと思ってマス。
 でもって、週明けて29日は、年内最後のupです。
 恒例なので、来年はどんな年? ってゆうおハナシにいたします。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-12-26 17:30 | 読むラヂオ

今年を顧みる・その2は、アイドルの卒業を考える。

 まいどっ、ちゃみでっす。
 え〜とですね、今週は、いちおー、今年を顧みる、てなことでおハナシしてます。
 そいでね、ん〜と、今年は、なんかさ、アイドルの卒業が目立ったような気がしております。
 6月に大島優子さんでしょ。でもって、高みなさんが、来年12月での卒業を発表いたしました。
 これでまた、AKBで、顔と名前の一致するヒトが減っちゃいました。
 でもって、11月には、アイドリングの菊池あみみさんでしょ。さらに、モー娘。14の道重さんと、卒業が相次ぎました。
 そこで本日は、アイドルの卒業ってなに? という、当ブログらしからぬテーマでございます。
 なんせね、空前のアイドルブームでございます。
 アキバあたりを中心に、今、東京で、いわゆる“アイドル活動”している女子って、東京で見える星の数より多いんじゃないかと思います。
 とんでもないことですよね。
 近ごろは、「アイドルしてます」ってゆう言い方をしますよね。
 でも、「アイドルする」って、なんなんでしょうか。でもって、卒業するって、なんなんでしょうね。
 一人の女性のキャリアという目で見れば、[アイドルをしている]ことも、芸能人としてのキャリアの一部ではないかと思うのですが、どうもそうじゃないみたいでですね。
 アイドルは、一時のモノと、アイドルの側でも思ってるようなとこがありますよね。
 それと、AKBが全国区になって以来、AKB的な活動が、イコール“アイドルする”みたいな、固定観念ができちゃってるんじゃないでしょうか。
 でもって、アイドル卒業すると、一旦チャラ。そこから再スタートみたいなことになってます。
 残るモノといえば、いいとこ、そこそこの知名度? みたいな?
 それもこれも、ある意味AKB現象といいましょうか。AKB的な活動が、“アイドル”するみたいな、そんな考え方が定着してきちゃったせいのような気がしてなりません。
 そういえば、今年読んで本の中に、『AKBとブラック企業』という本がありました。
 AKBって、現場が過酷なわりに、なんのスキルも身につけさせないまま、いわば使い捨てにしてる。それって、ブラック企業といっしょだ、ってゆう視点から入る本なんですよね。
 あ、本のテーマは、そこじゃなくって、派遣切り時代のゲンジツに迫る本なんですけどね。
 でも、AKBはブラック企業だって、そうもいえないこともないのかもしれません。
 ほいでね、おハナシ変わって、蒼辰のお知り合いに、アイドル系に強いヒトがいるんですよ。
 そのヒト、「アイドルとは、究極、性欲の対象だ」と言い切ってしまうのです。
 あ、コレ、男性アイドルも含めてのハナシね。
 ま、そこまでロコツじゃなくっても、仮想恋愛の対象、あるいは、恋愛対象の代替的存在と考えれば、まぁ、そういうことなのかな、とも思います。
 そいでもって、いつか、卒業しちゃう。
 なんかさ、そりゃ若い子のがいいに決まってるじゃん的な、男の身勝手な妄想に奉仕している感じがして、ちゃみなんかは決していい印象持てないんですけどね。
 恋愛対象の代替だから、お人形のように可愛ければいいんでしょうか。
 当人のアイドルとしてのキャリアは、卒業と同時にどっかいっちゃっていいんでしょうか。
 なんかヘンだよね。
 その点、男性アイドルのほうはというと、SMAPという先例を筆頭に、アイドルのまま年取れる環境が整ってきました。
 アイドルのまま、グループも解散せず、自分の可能性をどんどこ広げているヒト、いっぱいいますものね。
 かつて、男性アイドルも、解散しちゃうと一旦チャラ、そこからリスタートだったことを思うと、隔世の感がございます。
 女性の社会的地位と、どっか関係あるような気がしてきた。
 そんな中で、ハッキリと、長続きする女性アイドルグループを目指してるのが、ももクロでございますですね。
 ご当人たちも、はっきりそこ目指してると言ってます。
 マジ、ライヴのチカラだけでのし上がってきただけのことはある感じがいたします。
 と、ここで、一見、関係ないハナシ。
 こ〜ゆ〜展開、得意だなぁ。
 あのね、きゃりぱみゅさんが、自分のTwitterで、きゃりぱみゅは、なぜ女性に支持されるのか、ってゆう記事を紹介してたんですよ。
 それによると、
1)異性にこびない。
2)自分の世界を持っている。
3)同性から尊敬されている。
 ってゆうのが、その理由なんですって。
 で、この条件に当てはまる男性タレントは、江頭2:50なんだって。
 きゃりぱみゅ自身、「あたし、江頭かいっ」って、Twitterで自己ツッコミしてましたけどね。
 でも、まぁ、え〜って思うよね。江頭、同性に尊敬されてるか? って。
 そしたら、蒼辰マダムが言ってました。
「あそこまでやりゃ大したもんだってゆうのは、あるんじゃない?」って。
 なんか、納得したものでございます。
 あ、いや、それはどうでもいいんだ。
 この3条件。
1)異性にこびない。
2)自分の世界を持っている。
3)同性から尊敬されている。
 って、なんか、今のももクロにそっくりあてはまりそうな気がしません?
 もしもそうなら、ももクロは、今どきの女性アイドルという固定観念を抜けだし、SMAP的な世界に足を踏み入れようとしているのかもしれません。
 ゆめゆめ、ももクロをアイドルという固定観念で見ることなかれ。

 そんなわけで、本日、これから、ぬあんと、ちゃみと蒼辰は、ももクリに行ってくるのです。
 きゃうっ。たのしみぃ〜っ。
 えと、その報告は、また後日。
 明日は、今年を顧みるを、もっかいだけやる予定でおります。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-12-24 11:20 | 読むラヂオ

今年を顧みる・その1は、でっかく経済のハナシ

 まいどっ、ちゃみでっす。
 さて、今月もはや、残すところわずかとなってまいりました。
 そこで今週は、今年一年を顧みるっ、という一週間でいこうかと思っておりやす。
 え〜、先ず、なにいきます?
 おっきいとこからいきましょうか、おっきいとこから。
 今年のおっきなニュースってことになりますと、予想外の総選挙、ってことになるでしょうか。
 思いもかけませんでしたもんね。
 世論調査でも、解散の意義がわからない、という回答がけっこう多かったようです。
 なんで今解散するのか、意味わかんない。ってことは、争点もない。勢い、盛り上がらない選挙になることは目に見えていた。その上、野党、準備不足。なので、きっと低投票率。そうなれば、自民党有利。
 と、こうなりますよね。
 そこで、当ブログでは、今年の解散・総選挙、[思う壺解散]と名付けることにいたしました。
 でもって、実際、与党の圧勝でございます。
 選挙結果というお墨付きを、まんまと手に入れられてしまったわけです。
 こうなると、来年以降、憲法改正という動きが出てくるのは目に見えております。
 どうなることなんでしょ。
 けどですね、政権の、いわばアキレス腱なのが、経済でございますね。
 アベノミクス、は、去年の流行語大賞なので、今年の話題じゃないかもしれませんが、アベノミクス、うまくいったの? どおなの? ってとこが、まあ、選挙でも、かろうじて争点でしたから、みなさんの関心も高いってことだと思います。
 そりゃそうだよね。景気、よくなんないと、収入も増えないもんね。
 なんとかしてくれっ、って声は、方々から聞こえてきそうです。
 けどね、近ごろの経済、いつなにが起こるか分かりません。
 アベノミクスが今後もうまくいくかどうかが、政権のアキレス腱なのは、このためでございます。
 景気、よくならないどころか、悪くなりでもしたら、政権、危ういでございますよ。
 そこで、景気はよくなるのか、ってハナシでございます。
 ただいま現在、前例のない金融緩和でございまして、大量のお金が、市場に流れこんでいるらしいでございます。
 見たことないんで、ハッキリとは分かりませんが、新聞等の記事を見ていると、そうらしいです。
 市場にお金を流すとどうなるか?
 モノに対して、相対的にお金が増えます。すると、モノの値段が上がるはず、なのでございます。
 でもって、モノの値段が上がると、作ってるヒトや、売ってるヒトの儲けが大きくなります。
 余分に稼げたお金のおかげで、作ってる関連、売ってる関連のヒトビトの収入も増えます。
 収入の増えたヒトビトは、うれしくなって、ちょと金遣いが荒くなります。
 と、まぁ、こうした循環で、景気はよくなるハズ、なんでございますね。
 こ〜ゆ〜の、インフレってゆうんでございました。
 反対に、モノに対して、お金のが少ないと、デフレという現象が起きます。
 これ起きちゃうと、経済は縮小しちゃうのでございました。
 ジジツ、ここ何十年か、このデフレのおかげで、モノの値段は下がったけど、そのせいで収入も減ったので、みんなが財布の紐をしめちゃったのでございました。
 これをどうにかしようと、市場にお金が流れこんでいるのでございます。
 こういうふうに、お金の蛇口を開けたり閉めたりすることを、マクロ経済というんだそうですね。
 ちょと意味違いかもしんないけど、大ざっぱ、そういうことにしといてください。
 マクロ経済的なモノの見方で、金融政策が決められていくわけでございます。
 しかしですね、そんなにうまくいくのか? ってことでございますよね。
 マクロ経済なんて、正直、わたしらには、遠い世界のことにしか思えません。
 うまくいったら、景気がよくなり、わたしの収入も増えるかしらん、という、漠然とした期待を抱くだけでございます。
 しかしですね、そもそも、経済ってなんざんしょ、ってハナシなんですけどね。
 銀行ってとかが、なにやってるのかのたとえ話に、こんなのがあります。
 とある漁業の町が、お魚たくさんとれて、儲かっちゃうんですね。
 おかげでみんな、ささやかなお金を銀行に預けて、貯金します。
 しかし、いっぱい取れた魚は、売り切れなくて、たぁ〜っくさん捨てられしまいます。
 こりゃもったいない。どうにかしなくちゃ。
 そこであるヒトが、缶詰作って売ったらどうだと考えるわけです。
 しかし、缶詰工場作るには、お金がいります。
 魚で儲けた、ささやかな貯金じゃ足りません。
 けど、待てよ。銀行には、みんなが少しずつ預けたお金があるじゃないか。
 そこで銀行に相談すると、それはいいと、みんなが少しずつ預けたお金をぜぇ〜んぶ集めた、それなりの金額のお金を貸してくれます。
 このお金で、缶詰工場を作り、出来上がった缶詰を、ふだんお魚のあんまし食べられない、山の中の町に売ったところ、飛ぶように売れた。
 めでたしめでたしでございます。
 これって、経済とはなんぞやを理解するための、初歩の初歩みたいなハナシですよね。
 でね、このハナシには、銀行の役割のほかに、もいっこポイントがあります。
 それは、ふだんお魚が食べられない地方に、お魚の缶詰を売った、ってとこなんですね。
 必要なモノを、必要としているヒトのところで、ちょうどいいお値段で売る、というのが、商売のキホンでございます。
 はい。
 で?
 つまり、キホン、モノが売れなくては、経済は活発になりません。
 そして只今のニッポンでは、モノ、あんまり売れてません。
 これって、例のデフレのせいで、使えるお金がないからなのか?
 それもあるでしょう。
 けどさ、物欲、そんなある?
 ってゆうかさ、必要なモノって、ひととおりあるじゃん。
 それにさ、バブル通過してみたらさ、なにもそこまでがんばんなくても、って気持ちになってない?
 これは、これくらいで十分ってことを覚えちゃった気がするんだよね、みんな。
 近所の駐車場見ても、昔に比べるとちっちゃい自動車が増えました。
 それ、お金がないせいもあるだろうけど、クルマ、これで十分って思ってるヒトも多いせいだと思わない?
 あの、高度成長期の頃だとさ、みんな、モノ持ってなかったわけですよ。
 だから、カー・クーラー・カラーテレビだっけ? 3Cとか言って、みんながひととおり揃えたかったわけじゃない。
 冷蔵庫も洗濯機も炊飯器も、みんなそうだよね。
 それに、家電品も、どんどこどんどこ進歩して、そりゃ新型のがえ〜わ、とアコガレもしました。
 ケド、今、そういうの、ある?
 てなこんなの、ワタシたちなのでありますよ。
 と、こう、経済の根本のこと考えると、みんながみんな、あればいいな、できれば欲しいな、と思うモノを、ちょうどいいお値段で売ることが、そも、経済が活発になるための条件なわけですよ。
 なのに、そも、みんながあればいいな、できれば欲しいな、と思うようなモノが、ない。
 もしもそうだとしたら、景気なんかよくなるわけないですよね。
 つまり、マクロ経済のモノの見方で、お金の蛇口の開け閉めしても、かつてのように、経済をコントロールすることはできないんじゃないかと、素人なりに考えるわけです。
 こういう状態を、別の経済学の見立てでは、資本主義の成熟と呼ぶんだそうで、この経済学の見立てによると、成熟した資本主義は、何度かのバブルを繰り返しながら、衰退していく、そういうものなんだそうです。
 なんかさ、実感としては、こっちのが正しいような気がしてくるよね。
 世界的に見れば、ニホン、まだまだお金持ちの国です。
 それなりに満ち足りて、穏やかな高齢化社会を迎えられるハズだったのに、なんか近ごろ、焦ってるようにも見えます。
 ま、そりゃそうだな。マジ衰退してったら、やっぱ困るもんな。
 だがしかし、マクロ経済という見立ては有効なのか。
 どうも怪しいとこあるよね。
 来年は、どうなるんでしょ。

 てなわけで、今年を顧みるの第1回は、おっきいとこからいきました。
 でもさ、たまにはいいよね、こういうおっきいハナシ。
 来年は、こういうネタ増やそうかな。
 ま、い〜や。
 とりあえず、本日はここまでです。
 明日は祭日なので、up休みます。明後日とそん次の日くらいまで、今年を顧みるのつづきやるつもりでいまっす。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-12-22 19:07 | 読むラヂオ

第三京浜とアクアラインからはじまるムダバナシ。

 まいどっ、ちゃみでっす。
 え〜っと・・あのね、明日明後日、道路の開通記念日がつづくんですよ。
 明日18日が、1997年 平成9年に、東京湾アクアラインが開通したひでございます。
 でもって、明後日19日は、1964年 昭和39年に、第三京浜道路が開通した日なのでございます。
 33年の隔たりがあるんですね。その間に、ニホンの自動車保有台数と、首都圏を走り回るクルマの数が、飛躍的に増えたのでございます。
 だからなんだ、って言われると困るんですけどね。
 近いとこ、アクアラインから見てきましょうか。
 開通したころ、高かったですよね。なんか、5000円くらいしてたんでしょ。
 そのせいで、利用するクルマがほとんどなかった。ガッラガラで、だもんで、ムダな建設だったんじゃないかと、さんざ批判されたものでございます。
 その後、森田健作知事が公約を実現させて、ETCを利用すると、一気に800円にまで下がりました。
 これでやっと、交通量、増えてきたんだそうですね。
 今では、朝夕のラッシュ時とか、日曜日とか、両端ではそれなりに渋滞も起きてるようでございます。
 800円になったのは結構なコトなんですけど、これ、千葉県が補助金出してるんだそうですね。
 県のお金で、わしら800円で通行できるわけ。
 なので、どっちみちゃ、赤字の道路なのであります。
 そりゃ、ねえ、あんだけの海の底にトンネル掘ったんですから、建設費が天文学的数字なのは、誰が考えたってわかります。
 でもって、通行料でそれを償還しなくちゃいけないのに、ここ使うクルマ、800円で増えたといっても、まだまだ黒字にはほど遠いのだそうです。
 しかもさ、そのわりに、便利になったって実感、ないよねぇ。
 そりゃ、千葉のヒトは便利になったかもしんないし、木更津のアウトレットはお客が入ってるのかもしれないけど。
 そもそも、千葉のあそこらへんに用のある首都圏人が、どれだけいるんじゃい、ですよね。
 そいじゃ、首都圏の他の高速が空いてきたかってゆうと、それもイマイチなんだよね。
 いっぱいお金かけて、すんごい道路作ったわりには、なんかイマイチなのであります。
 さて、そんじゃ、33年前の、第三京浜のほうはどうだったのか。
 ここ、飛ばせる道路の最右翼ですよね。
 なんせ、片側三車線の自動車専用道路というのは、ニホンでも初めてだったんだそうですよ。
 蒼辰ですら子どもだった昔ですから、おぼろげなハナシではあるんですが、当時のオトナが、横浜まで15分で行けると、目を丸くしていたんだそうです。
 もっとも、今では、首都高があって、湾岸線があって、東名も利用できます。
 そのせいか、こちら、開業当時から渋滞知らずらしいですね。
 そういやそうだ。よっぽど事故とかない限り、ここが渋滞してるって、ほとんどありません。
 そういう意味では利便性の高い道路なのかもね。
 ケド、中途半端感は、なんかあるよね。
 今でこそ、横浜側では、横浜新道・首都高・横浜バイパスに連結してるけど、東京側は、相変わらず、環八までは下道で、入り口にたどりつかなくちゃいけません。
 だよねぇ。目黒通りとか、駒沢通り近辺のヒトには超便利だけど、それ以外からだと、わりと面倒。
 それだったら、手近なとこから首都高乗っちゃったほうがいいもんね。
 てなわけで、どうも全体計画の見えない道路ではあるのです。
 そんな第三京浜ですが、開通した日は、けっこうな騒ぎだったみたいね。
 もう、前日の夜から、一番乗り目指すクルマが行列作っちゃったりして。
 そういえば、昔は高速が開通するたんびに、そんな騒ぎがあったらしいですね。
 今は、高速開通っていっても、式典とかあるだけで、先を争うことはなくなりました。
 ケド、当時は違った。なんせ、第三京浜のばやい、ほとんど初の自動車専用道路です。楽しみにしているクルマ好きがけっこういたみたいですね。
 でもって、開通と同時に、ぶっ飛ばした。
 もんのすごい勢いでぶっ飛ばしたらしいです。
 中には、「開通の日は速度制限、ないんでしょ」なんて言うヒトもいたのだとか。
 まぁ、気持ちよかっただろうとは思いますケドね。
 片や、アクアラインのほうは、確かさ、記念に一回こっきりのマラソン大会があったんじゃなかったっけ。
 確かじゃありませんが、そんな記憶がございます。
 走りやがぶっ飛ばした第三京浜と、マラソン大会で人間が走ったアクアラインと。
 なんか、30年あまりの時の移ろいを感じてしまいます。
 ってゆうかさ、昔のほうが、刺激的なことが多かったような気がしてきた。
 なんで?
 モノゴトが、まだまだ未開発だったから。
 あ、そうか、つぎつぎ、新しいものがお目見えしてたわけね。
 高速道路も、新幹線も、ジェット旅客機も、すべて、初体験のヒトばっかだった。
 そら興奮するわな。
 ケド、今では、そういう意味で興奮するもの、あんましないよね。
 自動車だって、ふつうの人間にとって必要なスピードは、誰にでも簡単に手に入るし、新幹線だって、別に今さら珍しかないもんね。
 すべてが、必要な機能を手に入れちゃうと、刺激的な要素がなくなってくる。
 ま、当然っちゃ、当然だけどね。
 そうは言っても、今なら例えばスマホとか、IT関連とか、どんどこ新しくなってるじゃないか、というヒトもいるかとわ思います。
 けど、刺激的?
 第三京浜をぶっ飛ばすことに比べると、便利なモノではあっても、刺激的とはいえないかも。
 でもって、あとはゲームで刺激を得るのか。
 それも、なんかなぁ。
 まぁ、経済的な停滞ってことが背景にあるわけだけど、もいっこ、テクノロジーの発展も、ひととおり、手に入れちゃったから的なとこはあるよね。
 あとは、なに? ロボットとか?
 それも、目的が介護だったりすると、なんかね。そりゃ便利だけど、刺激的とはちゃうよな。
 と、こうして考えてみると、世の中を進歩させる動力って、快楽を追求するココロなのかもしれないね。
 もっと刺激を、もっとシゲキを。
 この気持ちがないと、世の中、前に進むチカラが弱くなるみたいな気がする。
 そうなんだよ。世の中ぜんたいが、なぁ〜んか草食化してるのかもね。
 来年あたり、ちょいとばかしシゲキテキに、肉食系でいこうzey。

 てなわけで、今日はほぼ無駄話で終わりました。
 明日は、まったく未定です。ひょっとすっと、upすらないんじゃないかって気もしてます。
 来週は、いちおー、今年を振り返る的なことやる予定になってます。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-12-17 18:26 | 読むラヂオ

明日から羽子板市なので、そのハナシ。

 まいどっ、ちゃみでっす。
 さ、て、と・・・あ、明日から羽子板市でございますね。
 地下鉄の駅などでは、ぼちぼちポスターなんぞもみかけるようでございます。
 きっとニュースでも扱うね。
 場所はといえば、淺草の観音さま、浅草寺の、それも境内に、羽子板を売る露店がならぶのでございますね。
 そりゃもう、賑やかな上に、華やかなイベントでございます。
 この羽子板市、毎年、17日から19日まで行われます。
 日付、毎年変わりません。
 なんでかっつうと、18日が、観音さまの縁日なんですね。
 縁日ってゆうのは、毎月やってまいります。ですから、観音さまを深く信仰している方は、毎月18日にお詣りします。
 参詣人が多いと、自然と、物売りとかが集まってまいります。
 浅草寺の毎月18日は、今日ではそれほど、露店が並ぶなどということはございません。
 けど、例えば、目黒のお不動さんなんかは、今でも、縁日になると、そら賑やかに、境内いっぱいに露店が並びます。
 ちなみに、毎月28日が、お不動さんの縁日でございます。
 はは、これで分かった?
 “縁日の屋台”というのは、夏祭りに並ぶ露店のことじゃござんせん。毎月の縁日に、参詣人の多いお寺に並ぶ露店のことでございます。
 こうして、物売りが集まることを、市と呼ぶようになりました。市とはそもそも、縁日のことだったのでございます。
 でもって、12月の縁日は、納めの縁日でございます。
 お不動さんなら、納めの不動。観音さまなら、当然のことながら、納めの観音でございます。
 この、納めの縁日の日に物売りが集まると、それが歳の市と、こういうわけなんでございますね。
 そこでは、日頃とは違うモノが売られます。どういうものかというと、簡単にいえば、新年を迎えるための、正月用品ですよね。あと、縁起物とかね。
 それと、年を越す前に、古くなったモノを新調しておきたい、というヒトのために、鍋釜などの日用品も並びます。
 そうだよね。茶碗とか、箸とか、新しくするなら、やっぱりお正月だもんね。
 ほいでもって、浅草寺の納めの縁日に開かれる歳の市は、江戸でも、もっとも古い歴史があるんだそうです。
 なんでも、万治元年 1659年に、両国橋が架けられた頃からなんだそうです。
 ま、隅田川のあっち側から来ても、両国橋渡れば、淺草、すぐですもんね。
 え? けっこあるだろ、って? そらまぁ、今なら、歩くのやぁ〜だ、タクシー乗るぅ〜って、ちゃみだってダダこねたくなる距離でございます。
 ケド、昔のヒトはそれくらい歩いたのっ。
 ほいでもって、その年の市で、江戸の半ばごろって言いますから、18世紀、1700年代の後半くらいでしょうか。縁起物として、羽子板が売られるようになったのであります。
 まぁね、羽子板で遊ぶって言ったら、お正月だもんね・・と思ったアナタ、ちょと違います。
 羽子板は、立派な縁起物なんでございます。
 先ず、羽子板でつくおい羽根。あれが、トンボに似ているところから、虫がつかないと、縁起を担いだんですね。
 さらに、おい羽根には、堅い豆、ついてます。むくろじ、というんだそうですが、あれを、魔滅(まめ)と読んで、魔除けになる。また、マメに暮らせると、ありがちな縁起も担ぎました。
 縁起を担ぐって、迷信でしょ、とか言わないの。
 昔のヒトは、モノを見立て、言霊をかけ、幸せを願ったのであります。
 粋なもんじゃないっすか。
 近ごろの男子は、この、祈るとか、願うって気持ちが・・・あ、ま、い〜や、そのハナシは。
 ともかく、こうして、女の子の生まれた家に、お正月、羽子板を贈る習慣ができてきたのであります。
 うれしいよね、もらったほうは。
 なんかさ、いかにも、女の子が生まれたんだって感じがするじゃございませんか。女子はいつも、華やかなものに囲まれているのでございます。
 さらに、この頃には、すでに、人気の歌舞伎役者の、舞台姿をかたどった羽子板があらわれました。
 はい、今でも定番ですね。道成寺や藤娘などの、アレでございます。
 こないだ、羽子板作りのレポートしてた某局の女子アナが、「これは藤娘という羽子板だそうで・・・」とやってましたが、もちょっと勉強してから来いよっ、の世界でございます。
 あの女子アナ、歌舞伎ひとつ見たことないに違いない。
 ま、ともかく。
 これ、すんごい人気だったそうですね。江戸小町の女子諸君が、こぞって、ひいきの役者の羽子板を買い求めるようになったのだとか。
 羽子板の売れ行きで、役者の人気がはかれたと申しますから、大変なものでございます。
 写真集どころか、ブロマイドひとつない時代ではございますが、女子心理、あるいはファン心理は、今も昔も変わらないようでございます。
 かくして、羽子板は、淺草の歳の市の、主役に躍り出たのでございます。
 でもって、やがて商業の発達により、歳の市がその役割を終えても、羽子板市として、今日までつづいているのでございます。
 ふいっ。なかなかどうして、昔日を偲ぶにたる、由緒あるイベントだったのでございますね。羽子板市。
 い〜よねぇ〜。
 そう思うと、ますます行ってみたくなる。
 ちなみに、この日から、新年の福徳を祈願した[恵比寿大黒天御影]ってゆう、恵比寿さまと大黒さまの絵が描いてあるヤツや、[縁起小判]とゆうものも、配り始められんだそうです。
 ただこれ、買うのか、タダでもらえるのか、ちょと分からない。
 いきゃわかるか。

 てなわけで、明日からの淺草、楽しそうだよん。
 ただ、イベントがあるときの淺草って、なんせ人手が多くて、食事するのに、どこも混んでて困ったりもするんだけどね。
 ケド、イベントとは、人混みもまた味わうものなのだ。
 てなわけで、本日はここまでです。
 明日明後日、どっしようかなぁ。
 ネタ、ふたつみっつあるんだけど、気分で決めます。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-12-16 18:29 | 読むラヂオ

今度の日曜、義士祭なので、忠臣蔵のハナシ・その3

 まいどっ、ちゃみでっす。
 あさって、14日は、赤穂浪士討ち入りの日、というわけで、今週は、忠臣蔵のあれこれをおハナシしてます。
 昨日は、浅野内匠頭が、なんで刃傷におよんじゃったのか的なことを中心にしたハナシでした。
 なので今日は、その後。
 先ず、事件と主君切腹の報が、赤穂に届くまで、7日かかってます。
 これ、映画なんかだと、昼夜を分かたず、馬を走らせるんでしたよね。
 江戸から京まで、かなり急いで7日、ふつうの旅なら10日から14日くらいと言われてますから、この7日は、かなり早いです。
 だって、赤穂って、兵庫県の西の端。東はもう岡山県って場所ですよ。
 昼夜分かたず、馬を飛ばした。
 ジジツだったようです。
 でもって、仇討ちをしようってゆう機運、かなり早い時期から藩内にあったみたいですね。
 とりわけ、江戸藩邸の家臣がそうだった。
 まぁ、主君が、遺訓があって討とうとしたが、果たせなかった、ってゆう、単純なジジツだけが伝われば、しょうがないのかもしれない。
 けど、かの大石良雄は、先ず、お家の再興を優先しようとしたんですね。
 しかし、その望みは、ほぼ一年後に絶たれます。
 そこからは、もう討ち入り一筋。
 そして、事件から1年9ヶ月後の12月14日に、ついに討ち入りを決行し、吉良上野介を討ち果たすのであります。
 これ、江戸市民は喝采したみたいですね。
 そうなんだけどさ、事件の概要とか、分かってたわけじゃないよね。
 ってことは、忠義の家臣が、主君の無念を晴らした、ってゆう点だけで、「大したもんだ」ってことになっちゃったんだよね。
 もちろん、主君であれ、親であれ、忠義を尽くすことは、当時の最高道徳でございます。
 それを命を賭けて成就したんだから、そら、偉いもんだ。
 なんだけど、やっぱちょっと疑問が残るよね。
 そもそも、忠義を奨励していた将軍・綱吉が困っちゃった。なんとか助命したかったみたいですね。
 一説として、天皇家からの嘆願で助命した、というストーリーにしようとしたというのがあります。ところが、相談を受けた高僧は、「助命して、もしその者が、将来、身を持ち崩すことがあれば、義挙にまで傷がつく。だが、死を賜れば、後世まで語り継がれるだろう」と答えたってゆうのね。
 ふむ、なるほど。
 ここ、なんか、ニホンジンの美学ってゆうか、美意識っていうか、ある種の道徳観? そういうのがよく出てますよね。
 でもって、その後、歌舞伎になり、さまざまな枝葉が付け加えられていった、47士の物語には、このニホンジン的美意識が、もんのすごく反映してますよね。
 大高源吾が、町人に変装して、江戸へ上る旅の途中、やくざものにからまれる。けど、ぐっとガマンして、事を荒立てなかった。
 なぜなら、事を大きくして、自分の素性や、江戸へゆく目的が露見しては大変だから、ってゆうの。
 これなんかも、実にじつに、ニホンジンの美意識を反映しております。
 ってことはさ、そもそも、ジジツとして起こった、赤穂浪士の討ち入りそのものが、詳しい事情とは別に、ニホンジンのココロに刺さっちゃったんですよね。
 そして、そこからインスパイアされて、忠臣蔵ものと言われる、さまざまなストーリーが生み出されていったわけでございます。
 で、ありますから、戦後、GHQが、忠臣蔵をはじめとする、仇討ちものの上演を禁じたのも、ま、分かるっちゃわかるんだよね。
 仇討ち肯定しちゃうと、アメリカ、統治がやりにくくなるもんね。
 でもね、戦前に大統領だったセオドア・ルーズベルトさんは、この赤穂浪士討ち入りの物語を好んでいて、英訳本は愛読書のひとつだったとか。
 そうすっと、ニホンジンの美意識と申しましたが、案外、世界に通用する精神性がその中にあるのかもね。
 そういえば、西部劇でも、殺された親友の仇を討つ的なお話はけっこうありますもんね。
 ただねぇ、そういうのって、殺された側、仇を討つ側に、つねに正義が存在してるわけですよ。
 けど、実際には、敗れた側が常に正義で、倒した側が常に悪ってわけでもないですからね。
 仇討ちってゆうか、復讐? やっぱあんま、称賛しないほうがいいんとちゃうやろか、と思います。
 ゲンジツ、復讐の連鎖的なことが、同じ大陸の、う〜んと西のほうで起こってるわけだしさ。
 そういう意味では、儒者・荻生徂徠が、「浅野は、殿中抜刀の罪を問われたのであり、吉良に非はない。それを仇とするのは不当だ」と主張したのは、ある意味、正当だよね。
 時代性を考えれば、荻生徂徠は、法の精神の筋を通したと言えるんじゃないでしょうか。
 結果、47士は切腹することになるわけです。
 けど、いつまでも、義士としてまつられているわけです。
 助命を否定した、かの高僧も、やっぱし偉かったよね。
 てなわけで、長く英雄として語り続けられてる47士なわけですが、最後に、参加しなかったヒトのハナシを付け加えておきます。
 当時の浅野家の家来は、300人以上。そのうち、討ち入りに参加したのは、わずかに47人です。
 じゃ、残りのヒトたちはどうなったか。
 仕官がかなったのは、大石良雄の三男ただ一人ですって。
 その他の人々は、なんと、世間から、卑怯者ないしは臆病者として非難されちゃったのです。
 それも、幕末ごろまでつづいて、中には、出自を隠し、変名を名乗るしかないヒトもいたのだとか。
 ありゃま。
 ここにも、ニホンジンの美意識の裏返しが隠れてました。
 47士は英雄である。そこに参加しなかった他の家来は、ろくでもない人間である。
 こういう単純な構図で、すべての他の家来を、人間的に否定するって、これ、イジメと同じであります。
 どうもね、極端に走るとこがあるよね。
 きっと、江戸っ子の間でも、[暴力での決着はよくない]と考える穏健派は、イジメられていたに違いありません。
 そんなこんな、忠臣蔵って、今につづく、ニホンジンのココロのありようを、良くも悪くも、反映しているのかもしれませんね。

 てなわけで、明後日14日、高輪・泉岳寺では、法要も行われます。
 この日は、墓参りに来るヒト、いぃ〜っぱいいて、お墓のあるとこなんか、お線香の煙がすごいんだよ。
 一度、訪ねてみるのも、よろしいかと思います。
 と、そんなこんなで、本日はここまでです。
 来週は、まんだなんも決まってまへん。
 なんか、F1関連のハナシ、ちょろっとやるようなコトも言ってましたが、予定は未定でございます。
 お寒い日がつづきます。みなさま、お風邪など召しませぬようにね。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-12-12 13:10 | 読むラヂオ

今度の日曜、義士祭なので、忠臣蔵のハナシ・その2

 まいど、ちゃみでっす。
 さて今週は、こんどの日曜が討ち入りの日ということで、忠臣蔵にまつわるお話をしております。
 昨日は、12月14日という日付にまつわるお話で終わっちゃいましたね。
 そこで今日は、先ずは実史を検証してみたいと思ってマス。
 ほんでまた、当Blogらしいこだわりなんですが、忠臣蔵の実史といいマスが、忠臣蔵は、あくまでお芝居など、フィクションのほうの呼び方です。
 歌舞伎のほうで「仮名手本忠臣蔵」があらわれ、その後、近代になって、舞台や映画など、さまざまな作品が作られました。
 こうした作品の総称が[忠臣蔵もの]であります。
 んじゃ、実際に起こった事件のほうはとゆうと、[元禄赤穂事件]と呼ぶのだそうです。
 つまり、歴史学者とか、そういうヒトたちは、この事件を扱うとき、この名前で呼んでるってことね。
 ほんじゃ、どんな事件か。
 これもう、概略はみなさまご存知ですよね。
 浅野内匠頭という若い殿さまが、吉良上野介という意地の悪い年寄りの殿さまを、江戸城の中で斬りつけちゃった。
 そのため、浅野内匠頭は切腹することになり、主君の無念を思った家臣が、家老・大石内蔵助を中心に、47人で、江戸の吉良邸に討ち入りし、吉良上野介を討ち取った、という、こういうお話でございますね。
 まったくそのとおり。
 けど、概略だけじゃ、やっぱし、なんで? ってゆう部分、ありますよね。
 なので、細かいとこ、ちょと見てこうと思います。
 先ず、なんで浅野くんは、吉良さんに斬りつけちゃったのか。
 ここも、ちょと詳しいヒトなら、知ってるハナシ。
 浅野内匠頭は、幕府の饗応役というお役目を仰せつかってました。
 これ、幕府が、京の朝廷に年賀の使者を参内させます。そのお礼に、天皇の勅使と、上皇の院使が、江戸にやってまいります。
 この、朝廷のお使いを、江戸城で接待するのが、饗応役のお役目でございます。
 ほいでもって、吉良さんはというと、高家というお家柄。これ、幕府の儀式や典礼を司る役でございます。簡単にゆうと、饗応役の、指南役。
 つまり、浅野さんに、接待のやり方をコーチする立場だったのであります。
 ところが、その朝廷のお使いの接待の、ほぼ最終日でございます。
 将軍自ら、朝廷のお使いに、わざわざ来てくれてありがとうと、お礼を言う儀式が行われようとしていた、その直前のこと。
 浅野くん、いきなり吉良さんに斬りつけちゃったのであります。
 ただちに取り押さえられた浅野くん、取り押さえたヒトたちに、「遺恨があるから、討ち果たそうとしたのだ」と言ったとか。
 ほんじゃ浅野くん、どんな遺恨があったのでしょうか。
 実はここが、分からないんですね。
 なぜなら、ろくな取り調べもないままに、江戸城中で刀を抜いた、その罪によって、その日のうちに切腹させられちゃったのであります。
 なんとまあ、即断即決の切腹でございました。
 なんでか?
 ここで登場するのが、ときの将軍さまと、その側近でございます。
 ときの将軍は、五代綱吉公。そう、あの生類憐れみの令で、庶民を苦しめた、いささかエキセントリックなことで知られた将軍です。
 でもって、その側近というのが、側用人・柳沢吉保。これまた、将軍の寵愛をいいことに、側用人という役目以上に権勢を振るったことで知られる、いわば歴史上の悪役でございます。
 そいで、ありそうなハナシなんですが、綱吉公は、朝廷との関係をとっても大切にしていた。
 ですから、この一連のお接待、とっても大事。そのさなかの、わけわかんない刃傷沙汰に、激怒しちゃった。
 事件を報告した柳沢吉保に、ただちに切腹を命じちゃったのであります。
 もちろん、反対意見はありました。遺恨ってなにがあったんだとか、ちゃんと取り調べたほうがいいんじゃないかという、ごくまっとうな反対意見が。
 けど、それを退けたのは、柳沢吉保でありました。
 かくして、浅野内匠頭は、殿中で刀を抜いたという罪により、きわめて例外的に、その日のうちに、切腹を仰せつかることになってしまったのであります。
 ねぇ〜え。
 これがさ、ほかの将軍、たとえば、かの名君・吉宗公だったら・・とか、つい考えちゃうよね。
 てなわけで、ろくに取り調べが行われなかったために、浅野くんが、吉良さんにどんな遺恨を抱いていたのか、闇の中に葬られてしまったのであります。
 だけどこれ、やっぱ綱吉公は気が短すぎたよね。
 だってさ、浅野くんのココロは、「遺恨があるから討とうとした」ってゆう、その言葉しか残らなかったわけですよ。
 となれば、浅野家の家来のみなさま、とりわけ忠誠心のある方が、「殿は遺恨を討ち果たせなかった」と受け取るのは当然だものね。
 いろいろと取り調べをした上で、吉良さんにも悪いとこあるから、両成敗にしようとか、あるいは、こんなこと恨みに思うのは、浅野くんが悪いと、誰もが納得できる証拠を集めるとか、なんかすべきだったんじゃないでしょかね。
 そこ、できなかった。
 綱吉公・柳沢吉保のラインが強力だったからでしょ。
 専横、というものの危険を、こんなとこにも感じてしまいますよね。

 てなわけで、殿中刃傷の実史と、そのポイントを、ざっとおさらいしてみました。
 明日はね、ハナシは飛んで、討ち入りの実際と、元禄赤穂事件のこぼれバナシになる予定でおります。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-12-11 18:15 | 読むラヂオ

今度の日曜、義士祭なので、忠臣蔵のハナシ・その1

 まいどっ、ちゃみでっす。
 え〜と、ここんとこ、休みやすみの当Blogでございますが、まぁ、こんなペースでやってこうかなと思っております。
 そこんとこ、よろぴく。
 でもって、今度の日曜は、12月の14日でございます。
 なんの日かというと、赤穂浪士の討ち入りの日なのでございますね。
 高輪・泉岳寺では、義士祭も行われます。
 てなわけで、今週は、忠臣蔵のおハナシを、あれこれ、やってきたいなと思っております。
 で、のっけからなんなんですが、先ず、この12月14日という日付のハナシから始めたいと思います。
 赤穂浪士の討ち入りがあったのは、元禄15年の12月14日でございます。
 これ、もちろん旧暦です。今の暦に移すと、1703年1月30日のことでございます。
 暦が新暦になっても、旧暦の日付を、その日としちゃってるんですね。
 こういう例、ほかにもありますよね。
 早いハナシが、お盆。新暦と旧暦でやるとこが、全国に混在しております。
 まぁね、あらためて1月30日を討ち入り記念日にして、当時の日付では12月14日ですとかいっても、ややこしくなるからね。
 日付だけを移す。ま、仕方のないとこです。
 けど、やっぱし、季節感の若干の相違って問題は起きますよね。
 だいたい、赤穂浪士討ち入りの日となると、雪です。
 オリジナル忠臣蔵といっていい、歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」がそうだし、その後の映画やテレビなども、討ち入りといえば雪、を踏襲しております。
 そっか、昔は今より寒かったから、12月14日に、あんなに雪降ったんだ、と思ってたヒト、いない?
 早いハナシ、若き日の蒼辰はずっとそう思ってたそうです。
 けど、実際は、今の暦の1月30日でございます。
 東京、っつうか、江戸で雪が降ってもおかしくない季節でございます。
 このへんの季節感がね、やっぱ旧暦日付と新暦日付では、若干のズレがでるのでございますよ。
 ただし、史実によれば、当日は晴れだったそうです。
 ま、そうだよな。1月の下旬といえば、東京は晴れが続くころですもんね。
 雪、そりゃ降るけど、毎年必ずという地方ではございません。
 降らせたかったのは、歌舞伎を演出するヒトたちだったのでございますね。
 でもね、討ち入りするご当人たちにとっては、晴れてよかったですよね。
 深夜に、雪が降りしきってる中での討ち入りは、作戦を困難なものにいたします。
 さらに、資料によりますと、その日は月齢13.6で、月の入りが、朝の5時過ぎ。
 つまり、月明かりの中で討ち入りは決行されたのでございます。
 これも、昔の暗さを考えると、せめて月明かりがないと、吉良邸への侵入は難しかっただろうと言われているんですって。
 これすべて、大石さんを中心にしたスタッフで計画したのだとしたら、さすがでございますね。
 軍師として優れたヒトたちだったと思います。
 あ、そうそう。日付のハナシでもいっこ。
 討ち入りは、深夜に決行されました。
 なんでも、午前2時半すぎに行動を開始したとか。でもって、明けて午前8時ごろに、吉良の首とともに泉岳寺に到着したのだそうです。
 となると、正確な日付は、12月15日なんですよね、今風にいえば。
 でも、これまた注釈がいる。
 江戸時代、一日の始まりは、明け六つの鐘でございました。
 これ、夜明けとともになる鐘です。
 なので、その鐘がなるまでは、まだ前日なんです。
 あの、ほれ、江戸の年の瀬のハナシしたときに、出てきたよね、このハナシ。
 大晦日、掛け取り、つまり借金取りは、深夜明け方近くまで、借りのあるヒトんちで、ねばります。
 けど、明け六つの鐘がなればもうお正月。さぁっと引き上げるのでありました。
 ってことわ、討ち入りも、明け六つ前には終わってますから、江戸人の感覚だと、やっぱ12月14日の夜中すぎってことになるんですね。

 おや、ま。初日、日付のハナシだけで終わっちゃいました。
 この調子じゃ、どんだけかかるかわかんねぇぞ。
 ま討ち入り前までには、終わると思いますケド。
 てなわけで、明日は、史実をおさらいして、どこがポイントかを、考えてみたいと思ってマス。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-12-10 13:15 | 読むラヂオ

歌舞伎にはどんなお芝居があるの? その4

 まいどっ、ちゃみでっす。
 今週はずっと、歌舞伎のハナシしてます。
 ん〜と、歌舞伎にはどんなお芝居があるかってとこから、昨日一昨日は、時代物と世話物の違いについてハナシてきましたです。
 ま、簡単にゆうと、江戸時代から見て、時代劇、つまり昔のハナシなのが、時代物なのでした。
 けど、境目、けっこアイマイです。
 そこで、はじまりにさかのぼって、どんな風に、歌舞伎の演技が形作られていったかを、本日はちょとたどってみます。
 ほいでね、歌舞伎の発展といっても、上方と江戸では、ちょと違う道筋をたどっているのでありますよ。
 なんせ江戸時代ですからね。江戸と京・大坂、おおよそ10日はかかります。
 のんびり行くと、2週間かかっちゃいます。
 のち、上方の役者が江戸に出てきて、など、交流も生まれるんですが、なかなかね、ヒンパンに行き来するってわけにはいきません。
 そこで、江戸と上方、それぞれで、独自に発展してゆくわけでございます。
 先ず、上方です。
 その当時・・ってゆうのは、江戸時代の初期ね、17世紀、1600年代くらいのおハナシでございます。
 江戸は、まだ新興都市です。
 ニホンの中心になったばっか。多くのヒトが、まだまだ移り住んできたばかりです。
 それに対して、京・大坂には、都市としての歴史が、すでにありました。
 京は、もちろん、平安時代から、ずっとニホンの中心でした。
 江戸時代が始まったころでも、もう800年くらいの歴史を持ってたわけですから、すごい。
 大阪もまた、室町時代から商業都市として発展してきました。
 もちろん、太閤秀吉の居城があったわけですが、もとはといえば、商業の町です。
 つまり、町人の町。そいでもって、富もあれば、歴史もある。
 そういう意味では、ニホンでもっとも早く、市民社会が成立していた都市でございます。
 そんな上方で、17世紀に発展したのが、やつし芸といわれる演技でした。
 高貴な方が、身をやつしちゃうんですね。でもって、哀れな姿で、でも、昔の愛人が忘れられなくて、こっそり会いにきたりする。
 そういうお芝居が、人気を博し、発展していったのであります。
 有名な役者さんに、坂田藤十郎がいました。
 この名前、翫治郎さんが復活させて、今も名乗ってますよね。すんごい、由緒正しい名前なのです。
 その、ね、高貴な方が身をやつす。ま、色男が、よれよれになっちゃうわけですよ。
 そういう姿を、上方の観客は喜んだんですね。
 どうも上方って、とくに大阪人って、けっこヤンキーっぽい気質で、男らしいイメージありますけど、お芝居の中に求める男性像はじぇんじぇん違ってたんですね。
 もっとも、ずっと後になって「夫婦善哉」という小説が生まれますけど、あれも、頼りないくせに、女好きな若旦那が主人公でした。
 そういう男性像が、ひとつの理想、アコガレなのかもしれません。
 そして、細々と世話を焼き、気をつかってくれる美しい愛人がいる。
 まぁ、なんともはや、色っぽいというか、はんなりしたというか、やらかぁ〜い世界でございます。
 それに対して江戸はというと、こちら、気性が荒い。
 それというのも、さっき言ったみたいに、新興都市でございます。
 17世紀くらいだと、まだまだ発展途上。工事現場も多ければ、そこで働く人足もたぁ〜っくさん暮らしている。
 勢い、気象が荒くなるんですね。
 そこで発展したのが、荒事と呼ばれる芸でございます。
 これ、「暫」なんてお芝居が典型ですね。
 悪いヤツが、お家とお姫さまをふたつとも自分のものにしようとしている。ところが、言うことを聞かない若侍が姫を守ろうとするものだから、悪いヤツ、一網打尽に殺してしまおうとしている。
 あわや、というところに、「しばぁ〜らく、しばぁ〜らっく」と声をかけて、一人の若武者が駆けつける。
 この若侍が、やたらと強い。悪いヤツらを、一人でみぃ〜んなやっつけちゃうのであります。
 ま、他愛のないハナシですよね。
 簡単にいえば、スーパー・ヒーローもの。
 昔だから、バイクにも乗ってないし、必殺技もないだけ。あ、もっとも、近いモノはあるんですけどね。
 ま、ともかく、こういう、痛快にして単純明快な勧善懲悪劇が、江戸では人気を博していた。
 代表的な役者さんは、そらなんつっても、市川團十郎でございます。
 てなわけで、歌舞伎の演技スタイルの源流というモノは、上方が坂田藤十郎、江戸が市川團十郎にたどりつくのであります。
 そいでもって、藤十郎のやつし芸が、世話物の演技のキホンとなり、團十郎の荒事芸が、時代物の演技へとつながってゆくのであります。
 もちろん、ゲンジツには、そんなに簡単じゃありませんよ。
 「暫」系の、一幕モノのお芝居ばっかだった團十郎も、のち、多幕ものを上演するようになります。代表例が、「助六」でございます。
 そこでは、團十郎らしい、というか、江戸っ子らしい気っぷのよい男性像が演じられるわけですが、そこにはもう、荒事芸だけじゃない、上方の世話物的な演技も、ずいぶん入ってます。
 けど、まぁ、演技の形式として、上方のやつし芸、江戸の荒事芸が、ひとつのルーツとしてあるわけなのでございます。

 なんとなくわかった?
 え〜〜、歌舞伎にはどんなお芝居があるか、というおハナシだったんですが、どうも毎回、ハナシがあっち行ったり、こっち行ったり、わやわやではございました。
 しゅいましぇん。
 え〜、今回のシリーズはこれで終わりますが、次回、たぶん来年の1月くらいに、ここまでのハナシを前提に、次のおハナシを考えたいと思ってマス。
 明日は、ひょっとすっとupありません。
 そのつもりでいてくださいませ。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-12-04 19:38 | 読むラヂオ