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16年春リニューアルしました! 蒼辰が書くおハナシを随時アップしております。ちゃみのMCともども、読んでやって下さいまし。
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<   2015年 01月 ( 13 )   > この月の画像一覧

本番直前・中学入試を考える・その3

 まいどっ、ちゃみでっす。
 はい、というわけで、今週は、今度の日曜、2月1日から始まる中学入試にちなんで、中学受験のおハナシしてます。
 昨日は、なんだかんだ、完全中高一貫校がいいんでね? てなハナシをいたしました。
 あのね、中3から高1にかけて、羽根のばせるってゆうのわ、ホントいいですよ。
 あと、イジメがないんだ。中高一貫校って。
 ここでいきなし余談ですが、自分もイジメにあったことがあって、今、イジメ問題に取り組んでる若い方が、こんなこと言ってました。
「イジメは主に中学校で、高校になると、不思議となくなる」って。
 これ、フシギでもなんでもありません。
 高校に入るということは、選別されちゃってるからなのです。
 自分のレベルが分かっちゃって、まわりも同じか、と思えば、イジメが発生しにくいのは当然なのでございます。
 でもって、中高一貫校は、ある意味、すでに選別されちゃってます。
 レベルが同じだから、イジメが起きにくい。
 さらに、中1ってコドモだけど、高3ってオトナじゃないですか。
 この差も、イジメ、起きにくくしてるんですよね。
 中1と中3、たった2年の差で、上だ下だ言ってるから、イジメが起きやすくなるのであります。
 ふふんっ。
 ここでまたハナシ変わります。
 気づいたヒトもいるかもしれないけど、初日からずっと、[選別]ってコトバ、なにげに使ってます。
 だいたい、悪い意味で使うんだよね、[選別]。
 そりゃ、ヒトより上だ下だ言われるのは、気持ちいいことではありません。
 けどね、教育の現場では、同じレベルをまとめたほうが効率いいのは当然であります。
 ここを考えずに、選別=差別、のような言い方をするのは、どうなのかな、と思いマス。
 あと、イジメ問題とか、選別問題にからめてゆうと、中学受験生は、伸びしろ、あります。
 中3に比べれば、未来に対して、大きな可能性、持ってます。
 ここもね、ちゃみが中学受験・中高一貫校への進学の、肯定派、擁護派である理由なんですよね。
 だって、偏差値これこれの高校に入ったってゆうジジツは、もうそこで、お前はもうそのくらいってレッテル貼られたような気分になるの、ムリないと思うよ。
 その点、中高一貫校は、追い越してゆくのびしろがあるのでございます。
 もちろん、オチこぼれる可能性もね。
 けどそこは、中学受験しようが、高校受験しようが、おんなしだわさ。
 もちろん、全てのヒトに中学受験すすめるわけじゃないですよ。
 けど、多様な選択肢のひとつとして、考えてみる価値はあるんじゃないかな、と思うわけでございますよ。
 それにつけても、なんですけど、こうやって、中学受験と高校受験を比べてくと、いろぉ〜んな問題に気づきます。
 そもそも、高校が、ほぼ全入になってから、どうもニホンの教育、きしみが出てるような気がするんですよね。
 中学までは、義務教育。
 でも、ほぼ全員が、高校に進学する。
 その結果、先ず偏差値問題ってゆうのがありました。
 偏差値という数字で人間を輪切りにするのはおかしい。選別だ。というわけです。
 そこで、個性を重視しようということになりました。
 でも、出てきたのは、内申重視による、管理強化でございました。
 ここ、反論もあるだろうけど、機会があったら、またゆっくりおハナシしますね。
 でもって、今度はゆとり教育ってのになりました。
 正直、失敗でしたよね。
 今はその反動期にあります。
 東京でいうと、都立校がすっかり地盤沈下しちゃったもので、重点校とかなんとか、いろいろやってます。
 これまた、成果が出るとこまではいってないみたいですけどね。
 てな具合に、公立の学校というのは、その時々の、政府やら文科省やら教育委員会やらの方針に左右されちゃうんですよね、現場が。
 これ、困ったことです。
 それもこれも、6・3・3制、そのものにきしみが出ているためなのじゃないでしょうか。
 そこで、ちゃみの大胆提案。
 6・4制にしちゃえっ。
 義務教育を一年のばして、中学を4年にする。
 でもって、過去、一番たくさん教えてたカリキュラムを消化することにする。
 じゃ、そのあとどうすっか。
 大学は、必要な学力を自由に設定すればよろしい。
 その学力を身につける、高等中学的な学校を、中学の先にくっつけます。
 つまり、大学進学希望者は、そこに行く。
 あと、もいっこの選択肢として、専門学校に、中学から直接行けるようにしちゃうんですよ。
 美容師さんでも、調理師さんでも、今は、高校を卒業してからです。
 けど、そういう職人的なお仕事なら、早くから実践的教育受けたほうがいいじゃないですか。
 そのかわり、多少の教養課程的なカリキュラムは、ちょと足してもらったほうがいいかもしんないけど。
 いかがでしょ。
 こうすれば、専門教育を受けたいヒトは、16才から受けられます。
 大学にも、早いヒトは16才17才から受験できることになる。
 今のニホンにピッタシでわないでしょうか。
 あ、けど、あとね、[やり直し]の自由を保障してあげたい。
 ってゆうのわね、今でも、飛び級って、可能になってきてるじゃないですか。
 成績のいい子は、ヒトより早く大学に行ける。
 けど、Wりって、相変わらず、落ちこぼれ扱いですよね。
 でもですよ、ヒトには、そのヒトのペーストいうものがあります。
 10覚え、身につけるのに、1年で済むヒトもいれば、3年かかるヒトもいるわけじゃないですか。
 だから、飛び級とともに、ゆっくりにも市民権あたえましょうよ。
 あと、ちゃみ提案の6・4制だと、やり直し権・再挑戦権。
 一旦、専門学校に入っても、やっぱ大学、とかね、その反対とか、そこらへん自由でありたい。
 自分自身が、納得のできる教育を受けられることが、結果として、役に立つ人材をつくることになるではないかと、ちゃみなりに愚考スルでありますよ。
 とりやけ、ゆっくり権は確立したいな。
 あと1年あれば、ちゃんと人並みだった子が、一方的に落ちこぼれってレッテル貼られてるかもしれないんだよ。
 市民マラソンでビリになっても、誰も笑いません。むしろ、フルマラソンちゃんと完走したこと、ほめてもらえます。
 義務教育って、この世で必要な知識や能力を身につけることって、市民マラソンのようであってほしいナ、と思いマスです。

 はい。てなわけで、今週はずっと、中学受験をめぐるあれこれについて、おハナシしてきました。
 ご意見はいろいろあるでしょうけど、なにはともあれ、今度の日曜から。
 中学受験生のみんなっ、がんばれよっ。

 あ、来週はね、サッカーアジアカップと、全豪オープンにちなんで、オーストラリアのおハナシしようかなって思ってマス。
 明日と月曜はupありません。
 来週の火曜日にね。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2015-01-29 14:13 | 読むラヂオ

本番直前・中学入試を考える・その2

 まいどっ、ちゃみでっす。
 さて今週は、東京では、今度の日曜日、2月1日から始まる中学受験にちなんで、中学入試についておハナシしてます。
 昨日は、中学受験は、お受験とは違う。大学入試にいたる課程で、高校入試か中学で入試かという、選択肢のひとつなのだ、というようなコト、ハナシました。
 でもって本日は、中学入試にまつわるいろんなこと、あれこれおハナシしてきます。
 あ、そうそう。あらかじめ言っておきますけど、けっこ独断と偏見、入ってますからね。
 ちゃみも蒼辰も、中学受験擁護派です。積極賛成派でもあります。
 ケド、中学受験には、いろいろ問題があることも承知してます。
 そういういろんな問題に対しては、けっこ、独自見解を述べちゃうとこも出てくると思いマス。
 それ、違うんじゃない、と思うヒトも、ひとつの意見、考え方として、聞いてくれたらと思います。
 あのね、余談だけど、なんでも反対意見に接するのは大事だと思うよ。
 だって、それ違う・・と、自分の中で反論するじゃない。そのことが、あなたの考えを、より強いものにすると、考えるからでございます。
 はい、余談、終わり。
 んじゃ先ず、なにからいこうかな。
 うん。中学受験ってゆうと、小学生のときから塾通わせて、勉強勉強で、あれじゃ子どもがかわいそう、って声、よく聞きます。
 じゃ先ず、これに対して反論。
 昨日、東京の高校受験、大変ってハナシしました。結果、上位校に行く子は、中一のときから塾かよってる子が大半です。
 それと比べて、どうよ、ってことですよね。
 確かに中学受験も、勉強厳しいです。
 でもね、小一、あるいはもっと前から、中学受験させるつもりで準備すれば、さほどでもないんだよ。
 蒼辰ちがそうんだんだよね。蒼辰、お嬢ちゃまに中学受験させること、かなり早くから決めてたから、それなりの準備してきたんだよね。
 その結果、小三で、とある塾の学力判定テスト的なの受けたら、上位10%に入ってました。
 その後も、中学受験用の教材使った家庭学習だけで、それなりの学力、維持できました。
 塾いったの、小6の夏休みからだもんね。
 それでも、その塾でのトップの学力だったんだって。
 そんなにね、早期教育したり、がりがりやったわけじゃないんだと、蒼辰言ってます。
 その時点、その時点でのやるべきことを、120%にしていけば、学力はついてくるんだと、そう言ってます。
 もっと言うと、小学生の学力は作れると、かなり自信持って言ってマス。
 う〜ん。ここ、どこまで信じていいのかわかんないケド。
 ともかく、学校終わったあと、夕方まで、十分に遊ぶ時間とって、週2回くらいはほかの習い事にも行って、それでも、十分に上位で戦える学力は作れたと、そう蒼辰は言ってます。
 つまり、やりようによっては、決して塾漬けに勉強漬けにならなくてもだいじょぶなのが、中学受験だと、そう言いたいわけね。
 あともいっこ。
 受験勉強なんて、結局、暗記もので、将来の役に立たない、てな声もあります。
 これも、はっきり違う、と言っちゃうね。
 もちろん、難問・奇問、多いよ。受験勉強のプロセスでは。
 けど、けっこ頭使うんだよ。頭、ひねるの。
 そうするとね、考える力、絶対に身につきます。
 ここでまた余談で、知性っていうのは、モノを知ってるだけじゃなくって、深く考える力だと、ちゃみは思いマス。
 そういう意味での、知性の元、ってゆうか、畑。すなわち、のちのち、真の知性を身につける基礎みたいなモノは、絶対にできると思いマス。
 実際、中学受験組のほうが、モノゴトの理解力が高いという声も聞いたことがあるのですよ。
 てなわけで、中学受験のための勉強、高校受験に比べたら、わりあいと楽です。そのくせ、考える力が身につく。
 一挙両得ではございませぬか。
 あとはね、12才から15才の、視野を広める時期に勉強漬けになるのと、6才から12才の、遊びたい時期に、その時間を確保しつつできる中学受験準備と、どっちがいいかってハナシです。
 もう、論旨が傾いてるやろっ。
 ちゃみ的には、中学受験のほうに、軍配を上げるのであります。
 そして、つぎは、中学受験に対する、ある考えへの反論です。
 中学受験のとき、いわゆるエスカレーター校、つまり大学付属の学校を選ぶ親御さん、けっこ多いです。
 大学受験でまた苦労させたくないから、てなところが動機になってます。
 これには、ちゃみ、真っ向から反論します。
 なぜなら、大学は、当人の意志で、行くべきモノと考えるからです。
 高校までは、なにかになるための、基礎学力を身につける場です。
 でも大学は、なにかになるための学問をする場所です。
 ここで大切なことは、なにになろうと思うのか、そのために、どんな大学をなにを学ぶべきなのか、あるいはさらに、大学そのものに、行くか行かないか、まで含めて、当人の意志がなくては、なんにもならないと考えるからなのです。
 ここまでは、ちゃみの独断。
 あと、実際的な問題。
 同じ大学付属でも、内部進学率には、差があります。
 大半が、上の大学に行く学校と、内部進学に学力のハードルが高いとこ、また、他大学受験をすすめる学校など、いろいろです。
 ここちゃんと調べないで、大学付属だからいいだろうと受験させて、数年後、ありゃっ、となったケース、かっこあります。
 もいっこ。当人が妥協しちゃうケースもあります。
 つまり、中三高一くらいのときには、夢も持ち、志望も高くもってたのが、学力伸び悩んだりすると、上の大学でいいや、と妥協しちゃうのです。
 こういうケースも、これまたけっこあります。
 ね。そう考えると、上に学校のない、いわゆる完全中高一貫校のほうが、かえって大学受験に意欲を持てるのでは? と考えるわけでございます。
 ほいでもってね、高校受験がない、14才から15才にかけて、ちょと羽根伸ばせるっていうことは、やっぱ視野を広げるチャンスでもあります。
 高二以降になって、志望を堅く持てるか、まだ悩むか、そのへんも、その前の時期の視野の広げ方と関わりがあるのではないでしょうか。

 ありゃ、今日長くなっちゃったので、ここまでにします。
 明日も、この続き、やります。
 ホント、独断と偏見ですから、あ、そういう意味じゃ、真逆の意見のヒトにも、聞いてほしいナと思ってマスです。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2015-01-28 11:39 | 読むラヂオ

本番直前・中学入試を考える・その1

 まいどっ、ちゃみでっす。
 世の中、受験シーズンでございますが、東京では、この週末から、中学受験のシーズンに突入いたしますですね。
 これ、協定かなんかあるんでしょ。都道府県ごとに、中学受験の解禁日が決まってて、東京は2月1日なのでございます。
 しかも、今年はいわゆるサンデーショックの年でございますね。
 サンデーショックってゆうのわ、2月1日が日曜日じゃないですか。
 そうすると、大半の学校では、1日に1次募集の試験が行われるのですが、一部、ミッション系の学校なんかでは、日曜にはやらないで、2日に回したりするわけです。
 すると、ふつうの年だったら併願できなかった学校に併願できたり、反対に、2日の2次募集の試験を受けるつもりだった学校が受けられなかったり、などなど、どことどことを併願するかが、ふつうの年とは大幅に変わってしまうのであります。
 これが、サンデーショック。
 今年の受験生と親は、頭使いますね、きっと。
 え? ちゃみがなんでそんなこと知ってるのか、って?
 なにを隠そう、ちゃみも、中学受験組だからなのですよ。
 でもって、蒼辰自身も、蒼辰のお嬢ちゃまも、中学受験〜中高一貫校組なのであります。
 そんなわけで、今週は、本番直前・中学入試についてのおハナシでございます。
 でね、いろいろとご意見、お考えのある中で、ちゃみも蒼辰も、中学受験擁護派、肯定派なわけですよ。
 なので、中学受験のプラス面にわりと目を向けたおハナシになろうかと思います。
 けど、体験的な部分もありますから、一般的とはいえないかもしれない。
 ま、かなり、偏見と独断の入った、中学受験擁護のおハナシになろうかと思いますが、そこんとこ、ご容赦でございます。
 でもって、先ず、[中学受験]というと、「なんでそんなことするの?」というリアクションが結構返ってまいります。
 正直、地方在住あるいは地方出身の方に、多いんですよね、このリアクション。
 それもその筈、中学受験って、ほぼ首都圏と京阪神に偏ったおハナシなんですよね。
 私立中学のうち、ほぼ6割から7割が、首都圏と京阪神に集中しておるのでございます。
 けど、ちゃみも蒼辰も、京阪神のコトは分かりませんので、首都圏、いえもっと、東京の教育事情ってゆうとこから、おハナシを始めることにいたしましょうか。
 東京の境域事情って、やっぱヨソとは違うとこがあります。
 先ずですね、東京の高校生、過半数が私立に通ってるんです。そう、私立高校生のが多いんです。
 県立高校生が主流を占めるヨソの地方とは、先ずここが違います。
 それだけ、私立校にもさまざまな個性があるということでもあります。
 でもって、これは全国どこもほぼそうでしょうが、高校には、ほぼ全員が進学します。
 じゃ、どの高校に進学しようかというとき、候補にあがる学校が、数十校は楽にあるのが、東京です。
 分かります? 学区にある中学に進学し、高校受験するにしても、候補にあがる学校が2つ3つしかないような地方とは、ここでもうかなり事情が違ってきます。
 しっかし、行きたい学校は、ふたつみっつです。
 でもって、行く学校はひとつです。
 つまり、高校受験って、そうとうに熾烈なことになっているのが、東京の事情です。
 ま、はっきり言って、選別されちゃうんですよね。
 コレ、歴史的な変遷とか積み重ねもあって、一概には言えないんですが、キホン的な構図はそういうことになります。
 なので、結果、塾いかないと、より上位の高校に入るのは、ムツカシイです。
 勢い、中一からもう、塾通いということになります。
 且つ、内申点とゆうものがあって、これが、合否を分けたりします。
 そのため、中学校在学中ずうっと、いい成績を上げ、い〜子にしてなきゃいけません。
 この問題は、歴史的な変遷もあるし、なんとも言えないんですが、公立中学が生徒管理に追われる、ひとつの理由にもなっていると思います。
 さらに、いよいよ受験を迎えると、三者面談問題というものにぶつかります。
 生意気盛りの当人と、安全を選びがちな教師と、そして親とで面談して、志望校を決めなきゃいけないのです。
 これ、内申書を書いてもらう必要もあるせいで、先生の言うこと無視するの、ムツカシイです。
 とかく面倒なことが多い東京の高校受験事情。
 そこを回避する、ひとつの選択肢が、中学受験なのだと、キホン的には言えると思います。
 小中は公立当たり前。高校も、なるべく上の公立へ、という地方に比べると、東京は選択肢が多い。
 その選択肢のひとつが、高校受験を回避して、中学受験をするということなのでございます。
 要するに、高校受験するか、中学受験するかという選択が、当たり前のようにある、ってことでしょうか。
 んじゃ、中学受験するメリットって、そんだけかってゆうと、そんなことありません。
 中高一貫校に行くメリット、いろいろあります。
 あ、けど、その前に、もいっこ、誤解をといておかしてください。
 これまた、よく混同されるんですけど、中学受験は、いわゆる[お受験]とは違います。
 お受験は、幼稚園や小学校への受験を指します。
 これまた、そういう幼稚園や小学校のない地方のヒトから見ると、びっくりなハナシかもしれません。
 ケド、東京には、私立だけでなく、国立の幼稚園も小学校もあるのです。
 そこでの受験、かなり変わってますよ。
 幼稚園入園前、小学校入園前のコドモたちを集めて、一緒に遊ばせたりします。
 そういう中で、協調性やらなにやらを見るというのがあったりします。
 そんなんで分かるかよ、と思うでしょ。
 けどさらに、お受験塾みたいなのがあって、幼稚園入園前、小学校入学前のコドモたちに、協調性をいかに表現するかを教えていたりするのです。
 これ、はっきり言って、バカげていると、ちゃみは思ってマス。
 ま、あんまし言うと、そっちでがんばってるヒトの反発かうから、それくらいにしとくけど。
 でも、幼稚園・小学校への、いわゆるお受験は、親の見栄的側面が、かなり大きいような気がします。
 もちろん、親代々、そういう幼稚園・小学校出身者、なんてお家の方は別ですけどね。
 あ、そうそう。中には、中学受験を有利にするための私立小学校みたいなとこもあるから、ま、一概には言えないんだけどね。
 それでも、こうしたお受験に比べると、中学入試は、やはり、高校受験するか、それとも中学受験するかという、そういう選択肢のひとつなのだろうと思うのであります。
 ほいでわ、明日からは、中学受験から中高一貫校への進学の、メリット・デメリットについて、おハナシをすすめたいと思いマス。

 てなわけで、本日はここまでです。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2015-01-27 15:39 | 読むラヂオ

1月の歌舞伎座から・おしまいに新歌舞伎。

 まいどっ、ちゃみでっす。
 さて今週は、1月の歌舞伎座の演目にちなんだおハナシしてきました。
 今日はですね、昼の部の切り、「一本刀土俵入」のおハナシからです。
 これ、新歌舞伎といわれているお芝居のひとつです。
 新歌舞伎ってゆうのわ、簡単にゆうと、明治以降になって作られた作品で、それまでの歌舞伎の決まり事を破ったお芝居のことを言います。
「一本刀土俵入」、その典型の一作でございますね。
 先ず初演。なんと、1931年 昭和6年でございます。
 歌舞伎四百年の歴史を考えると、どんだけ新しい作品かわかると思います。
 で、作者が長谷川伸。
 この方、大正から昭和初期にかけて活躍された、作家にして劇作家でございます。
 でもって、股旅ものの創始者なのであります。
 そも、「一本刀土俵入」って、わりと知られたおハナシですよね。
 取り的の駒形茂平が、銭もなく、腹を空かせていると、酌婦のお蔦さんに、巾着ごとお金を恵んでもらいます。
 きっと立派な相撲取りになると約束して分かれる茂平。
 しかし、その十年後。
 お蔦は、いかさま博奕で追われる亭主と、逃げ出さなくてはいけない始末。
 そこに戻ってきたのが、立派な相撲取りならぬ、立派な渡世人となった茂平。
 茂平は、あのときの恩を返すために、お蔦夫婦を助けるのでありました。
 ざっとこんなおハナシです。
 で、いわゆる旅回りの一座などでも、しばしば上演されている作品ですよね。
 長谷川伸さん、ほかに「関の弥太っぺ」なんかもお書きになっております。こちらも、旅回り一座でお馴染みの股旅ものでございます。
 ほいじゃ、この「一本刀土俵入」が、どうして新歌舞伎と呼ばれているか、そっからいきましょうか。
 え〜っと、それまでの歌舞伎の約束事を破った作品と、さっき言いましたよね。
 んじゃ、「一本刀土俵入」が、どんなとこで、歌舞伎の約束事を破っているか。
 先ず、音楽、入りません。
 いわゆる下座の演奏が、一切ないんです。
 あ、下座って、ほら下手、花道があるほうよりのとこに、大道具に除き窓みたいなのが切ってあるとこ、あるでしょ。
 あの場所、または、あの中で、伴奏音楽を演奏するヒトビト、または、鳴り物も含めた伴奏・効果音すべてを呼ぶ言い方です。
 ほら、歌舞伎では、い〜感じのとこに三味線の音が流れてきたり、雷の鳴るとこじゃ、太鼓がどろどろって鳴ったりするでしょ。
 あの手の、歌舞伎独特の背景音楽と効果音が、下座です。
 この下座の演奏が、「一本刀土俵入」ではまったくないのです。
 そりゃもう、寂しいくらいに、ない。
 さらに、見得を切る場面もありません。台詞も、もちろん時代性は出していても、歌舞伎特有の重く、抑揚のあるものではありません。
 っつうか、もうまったく現代演劇ですよ。
 新劇どころか、高校の演劇部でさえ上演できそうなくらい、ふつうに現代演劇です。
 ってゆうか、ふつうに現代演劇の戯曲なんですよね。
 こうしたスタイルのものを、今、新歌舞伎と呼んでいるわけなのです。
 あ、そうそう。「一本刀土俵入」には、もうひとつ、画期的なことがありました。
 タイトルが、漢字6文字なのです。
 あのね、偶数は、陰陽道では陰の数、奇数が陽です。
 そこで、歌舞伎の生まれた江戸時代には、タイトルに偶数文字数、嫌ったんですね。
 ま、縁起担ぎです。
 なので、かなりな宛て字タイトル、あります。
 弁天小僧で有名な、白波五人男。あのお芝居のタイトル、っつうか、本外題ってゆうんですけど、[青砥稿花紅彩画]です。
 読めます? ふつう、読めないと思います。
 正解は、[あおとぞうしはなのにしきえ]です。
 もいっこ。河内山宗俊で有名なお芝居は、[天衣紛上野初花]〜[くもにまごううえののはつはな]です。
 ほとんど宛て字大会だよね。
 しかも、奇数文字にするための宛て字も中にあるわけ。
 これが、江戸時代からつづく、歌舞伎の約束事のひとつでありました。
 この約束が破られた最初が、「一本刀土俵入」の六文字外題だったのであります。
 こうして、歌舞伎は、ほとんど現代演劇と同質な、新歌舞伎というジャンルを獲得したのでありました。
 同時に、股旅ものというジャンルが生まれ、大衆演劇や、映画の世界での、ひとつの大きなジャンルにまでなってゆきました。
 あのね、反対にいうと、江戸時代から明治までは、股旅もののお芝居、ないからね。
 そら、江戸時代にも、いわゆるどさ回りと呼ばれる旅芝居、ありました。
 けど、やってたのは、あくまでも歌舞伎の演目だかんね。
 なんせ、江戸時代、演劇といえば、歌舞伎っきゃなかったんだから。
 ここんとこ、お忘れなく。
 そいえば、昨日、金閣寺のおハナシで、まるでおとぎ話のようなヒーローもの的ストーリーが、のちの時代劇映画や、さらにのちのコミックやアニメにまで、その精神みたいのが、流れこんでいるのではないかというおハナシをしました。
 まったく実際、股旅ものなんて、歌舞伎とは異質なものかと思ってたら、その源流は、歌舞伎にあったのでございました。
 それと同時に、歌舞伎は新歌舞伎というジャンルを得て、江戸時代よりも、少し幅を広げたのでございます。
 そうなんです。
 歌舞伎は、四百年の歴史を持つ、ニッポンの伝統芸能でございます。
 でも、昔のカタチを守ってるだけじゃない。いつも、新しい演出を加え、新しい作品を加え、新しいジャンルを加え、更新され、革新され続けている演劇でもあるのでございます。
 だからこそ、江戸時代とほぼ同じ舞台面を楽しめるかと思えば、未だかつて見たこともない新しい演劇体験もできる。
 そこも、歌舞伎の魅力だと思うのであります。

 てなわけで、今日はここまでです。
 でもって、今回の歌舞伎のハナシも、ここまでです。
 明日は、upありません。
 来週も、火水木up目指します。テーマは、時節柄、中学受験、と思ってるんですけど、どうなるんでしょ。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2015-01-22 19:05 | 読むラヂオ

1月の歌舞伎座から・おつぎは「金閣寺」

 まいどっ、ちゃみでっす。
 さて今週は、歌舞伎座1月の演目にちなんだおハナシをしております。
 昨日が、夜の部の二番狂言「女暫」でしたが、本日は、昼の部の一番狂言「金閣寺」でございます。
 本外題、つまり元々のホントのタイトルを「祇園祭礼信仰記」といいます。
 その四段目の切りが、通称[金閣寺]と呼ばれている一幕でございます。
 ドラマが凝縮されていることや、舞台面(ぶたいおもて)の美しさから、この幕だけが上演されることが多いお芝居です。
 初演が、1757年 宝暦7年でございます。
 おおよそ、260年も昔のことでございますよ。それからずっと、上演され続けているのであります。
 古典です。
 もっとも、初演は、人形浄瑠璃としてでございました。
 ケド、大変に人気を博したので、翌月にはもう、江戸と大坂、双方で、歌舞伎として上演されたとか。
 早いですね。
 江戸時代って、イメージよか情報の伝達、早かったのかもしれません。
 つうか、お芝居の関係者が、情報収集に努めていたというべきなのかな。
 こんなふうに、人形浄瑠璃で初演され、のち歌舞伎としても上演されるようになった演目、いっぱいあります。
 これ、女優が禁止になり、若衆も禁止され、野郎歌舞伎になったものの、イマイチだったころに、人形浄瑠璃のほうが、近松門左衛門などの活躍で人気を博した。
 そこで、じゃこっちでもやろうと、歌舞伎に導入した、と言われてます。
 ところで、人形浄瑠璃、いわゆる文楽、見たことあります?
 これ、歌舞伎以上に、見たことないヒト、多いかもね。
 東京だと、国立の小劇場なんかで、年に何回か上演してるんですけどね。
 ケド、写真とか映像とかくらいは、見たことあるよね、きっと。
 人形浄瑠璃は、三味線を伴奏に、太夫が義太夫節を語り、その語りに合わせて、人形が演技をするわけです。
 なので、台詞パートも、ト書きにあたるような情景描写の部分も、一人の太夫が語ります。
 んがっ、歌舞伎では、台詞パートは、もちろん役者さんが受け持ちます。
 なので、義太夫との、いわば掛け合いのカタチで、お芝居が進行します。
 こういう形式で演じられるお芝居を、歌舞伎のほうでは、義太夫狂言という言い方をします。
 い〜んだ、これが。
 先ず三味線。ふつうのチントンシャンの三味線ではなく、太棹という三味線を用います。
 これが、ベン、べべ〜ンと、お腹に響きます。
 でもって、抑揚のある、太夫の語り。
 独特の節回しの語りなんですが、歌じゃなくて、あくまで語りなんです。
 そのハナシは、いずれどっかで、邦楽のハナシとしてまとめてやりますので、今回はスルーしてください。
 この太棹の、べべ〜んと、太夫の義太夫節によって、一気に、義太夫狂言らしい世界へと浸るわけでございます。
 ホント、浸るってコトバがふさわしい、独特の空間でございます。
 でもって、金閣寺。
 幕が上がると、舞台の真ん中に、金閣寺がど〜んとあります。
 主な登場人物は、国崩しと呼ばれる、松永大膳。
 今回は、染五郎さんが演じてます。
 このヒト、国を盗ってやろうと企んでいる悪人です。だから、国崩し。
 つぎに、比下東吉。勘九郎さんです。
 これ、木下藤吉郎をもじった名前です。江戸時代、実在の歴史上の人物の名前、まんま使うと、幕府がうるさかったので、こういう名前の付け方、歌舞伎には多いです。
 で、このヒトは、敵方の家来だったんだけど、見限って、大膳の軍師になろうとやってきます。
 ところが、実はやっぱり、反松永派だったという役どころ。
 そして、雪姫。
 七之助さんが演じます。
 このお姫さま、三姫のひとつと言われる、女形にとっての大役のひとつです。
 それだけでも、なんかちょっとわくわくしない?
 で、おハナシは、雪姫の窮地を、東吉らが救い、大膳と、いずれ雌雄を決することを約して分かれる。
 そいうおハナシです。
 でもって、主要登場人物には、それぞれ見せ場があります。
 東吉は、大膳から、井戸に投げた碁笥を、手を濡らさずに取れと、試練を受けます。
 あ、碁笥って、碁石を入れとく、壷みたいなやつね。
 そこで、滝の水を井戸に注いで、碁笥を浮かび上がらせ、扇で取るというとこが、見せ場のひとつです。
 まるで一休さんみたい。
 大膳は、盗んだ宝刀を抜いて、滝に龍を出現させます。
 雪姫は、もっと大変。
 途中で、逃げようとしたために、縄でゆわかれちゃうのです。
 しかし、雪舟の孫という設定の雪姫、お祖父ちゃんの故事にならって、桜の花びらを集め、足でねずみの絵を描くのです。
 すると、あ〜ら不思議、白ねずみがあらわれ、ゆわいた縄をかみちぎってくれるのでありました。
 まるでおとぎ話みたいでしょ。
 ってゆうか、ゲンジツにはあり得ない、マジカルな出来事が、ヒーローやヒロイン、さらに悪役によっても演じられ、そんな中で、ヒロインは救われ、悪との対決へと向かってゆく。
 どこか、ヒーローもののコミックかアニメのような世界でございます。
 あや、反対だ。
 きっと、歌舞伎の中で演じられてきた、ストーリーやドラマ、あるいは人物の面白さ、そのココロが、時代劇映画へと受け継がれ、やがてコミックやアニメの世界にも、流れこんでいったのかもしれません。
 歌舞伎で描かれる世界が、ニホンジンのココロである、というのは、こういうとこに理由があるんでしょうね。
 なにせ、興行。当時のお客さんに受け入れられなくては、何百年も上演されるような名作にはなりませんものね。
 でも、ま、歌舞伎ですから、アニメやコミックのように、血湧き肉躍ることはありません。
 そこは、おっとりしてます。
 そのかわり、どこまでも美しい舞台面が楽しめます。
 歌舞伎の舞台は、どの一瞬を切り取っても、絵になっていなければいけない、といいます。
 その場面、控えに回る人物も含めて、絵になっていなくちゃいけないのです。
 そのため、美しさのためには、リアリティ、犠牲にしているとこさえあります。
 でも、いいんです。
 現代人のリアリズム馴れした目からは、あり得ない、ヘン、と思われようとも、美しさが優先するのであります。
 だから歌舞伎は、きれいかどうかで見てください。
 すると、ほら、ほかの演劇とは違う、歌舞伎の魅力が見えてくるはずです。
 その美しさを表現するために、いかに洗練された技巧がこらされているか。
 そこにわくわくしたら、もうアナタも歌舞伎ファンというわけでございます。
 またハードル上がっちゃうから、あんまし“芸術”とか言いたくないんですけどね。
 でも、そこにこそ、歌舞伎の芸術性があると言ってもいいかもしれません。
 歌舞伎とはキホン、うっとりするものなんだナ。
 おとぎ話のようなおハナシ、義太夫節が奏でる独特の世界、そして、絵のように美しい舞台面。
 さわやかで、スッキリとしたキモチになる一幕でございました。

 てなわけで、本日はここまでです。
 明日も、今月の歌舞伎座の演目にちなみ、昼の切り狂言「一本刀土俵入」から、おハナシをはじめる予定になってます。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2015-01-21 19:09 | 読むラヂオ

1月の歌舞伎座から・先ずは「女暫」

 まいどっ、ちゃみでっす。
 さて今週は、ひさびさ、歌舞伎のおハナシでございます。
 んっとね、今月の歌舞伎座は、寿・新春大歌舞伎でございますね。
 昼の部が、「金閣寺」「蜘蛛の拍子舞」「一本刀土俵入り」。夜が、「番町皿屋敷」「女暫」「黒塚」と、こんな演目になってます。
 そこで、演目にまつわるおハナシをしていこうかな、と思っております。
 で、先ずは、女暫です。
 主役は、玉三郎さまです。
 ほかに、歌六・又五郎・錦之助・七之助・男女蔵などなど、新春らしい豪華配役でございます。
 ほいでもって、先ずは、「暫(しばらく)」のハナシをしておきましょうかね。
 暫は、江戸歌舞伎を代表する演目でございます。いわゆる荒事といわれるお芝居の、いっちゃん典型的な一幕です。
 ストーリーはというと、偉くて悪い人物が、家来従えて、宴会やってます。
 でも、その中に正しい心の若者がいて、偉いヒトの悪いトコを諫めようとします。
 すると悪いヒトは、若者の許嫁を自分のモノにしたかったりもするので、成敗すると言い出します。
 でもって、若者が斬られそうになる、すんでのところに、
「しばぁ〜らく、しばぁ〜ら〜く〜」と、声がして、一人の若武者が颯爽とあらわれます。
 そして、悪いヒトの家来を次々とやっつけ、悪いヒトにも「まいった」と言わせ、若者の窮地を救う。
 こんだけのハナシです。
 ま、要するに、ヒーローモノです。
 それも、かなりおおどかな、江戸も、初期の頃は、都会的洗練とはかけ離れていたな、って感じるくらい、大ざっぱなハナシです。
 それを、女形が演じるのが、女暫です。
 つまり、のっけっから、パロディ臭がぷんぷんしてるでしょ。実際、そうなんだけど。
 ってところで、歌舞伎って、なにを見に、なにを楽しむのかっておハナシをしたいと思います。
 あのね、ふつうのお芝居・・ってゆうか、西洋からやってきた現代演劇は、劇世界で演じられるドラマ・ストーリーに浸るのが、観客のふつうの態度でございます。
 だから、俳優も、どれだけその役になりきっていたかが、評価の第一の基準です。
 ま、歌舞伎もそうなんですよ、キホンは。
 でも、それ以上に、役者そのもの、役者ぶりを見に行くものでもあるのでございます。
 だいぶ前に、歌舞伎は、役者がヒトならぬなにかに化身する、その姿に、昔の観客はおののき、オドロキ、楽しんでいたのではないか、というおハナシをしました。
 そうそう。役者そのものの、役者ぶり、美しさ、カッコよさ、ヒトならぬなにかに化身する姿を、見て、楽しむもの。
 その気配が、歌舞伎には濃厚に漂っているのであります。
 そういうとこが歌舞伎にあるからこそ、暫の主人公を、女形にしたお芝居が成立するのでございましょう。
 そういう意味で、歌舞伎らしい、また、お正月らしい、楽しい舞台でございましたですよ。
 だってね、正しい心の若者が、いよいよ斬られようかという場面、「しばぁ〜ら〜く」と、かかる声は、もちろん、女形の声です。
 それ聞いた、悪いヒトの家来の反応が、「吉例により聞こえた声だが、どうもようすが違うぞ」みたいな感じなのね。
 もう、のっけから、みなさんのよく知ってる芝居なんだけど、いつもと違うぞ、ってことを、舞台上で表現してる演出なのです。
 やがて、花道から、若武者ならぬ、女武芸者・・いちおう、巴御前ってことになってるんですけどね・・が、登場いたします。
 大太刀を腰に、素襖という、まっちかくな、まるで凧みたいなのを、袖にまとった姿です。
 そして名乗りの台詞になるんですが、その中にも、「成田屋からお借りした、素襖をまとい」なんてコトバが出てくるの。
 成田屋は、團十郎家の屋号でございます。つまり、暫を、得意とする役者さんの家ね。そこから借りてきた、みたいなことを、女暫の主人公さん、自らが言うわけ。
 さらに、女荒武者を、追い払いに行く一番手が、七之助さん演じる、女鯰若菜という役の女性です。
 その、女荒武者に向けての台詞も、「誰かと思えば、大和屋の姉さん」てな調子なの。
 あ、大和屋は、玉三郎さんの屋号ね。
 そんな調子で、大まじめに暫やってるのに、パロディらしさに満ちた演出になっているのであります。
 極め付けは、引っ込み。
 事件、解決して、花道七三に女荒武者を残して、幕が閉まっちゃいます。
「どうやら大役を果たしまして、これから楽屋に戻ろうと思います」
 てな調子なのね。
 けど、大太刀が思い。そこで、舞台番を呼んで運んでもらおうとするわけ。
 すると、出てきた舞台番が、なんと吉右衛門さん。
 この吉右衛門さん演じる舞台番が、六方踏まないと、幕が閉まらないと、女荒武者に促すわけ。
「きまりが悪いし、やったことがないし」と言う女荒武者に、「じゃ教えましょう」と、舞台番が、六方を教えるわけ。
 で、ようよう、玉三郎さん演じる女荒武者が、六方をちょっとだけ踏み、恥じらいながらひっこむと、こんな趣向なんですよ。
 あ、六方ってゆうのは、豪快に花道をひっこむときの動きの名前ね。
 有名なのは、勧進帳の弁慶の引っ込みだけど、六方にもいろいろな型があるんだ。
 ま、それはともかく。
 ね、楽しいでしょ。
 かくして、暫を女形が演じるという、パロディ精神に満ちた趣向のなかで、役者の役者ぶりを、たっぷりと楽しめる、華やかな舞台になっていたのであります。
 こんなおおどかな雰囲気が、歌舞伎にはあるんですよ。
 都会らしい洒落っ気ってゆうのか、いかにも洗練された洒落っ気が、歌舞伎の世界にはたっぷりとあるのでございます。
 もしも、歌舞伎って笑うとこ、きっとない、って思ってるヒトがいたら、全然そんなことないんだよ。
 日本の伝統芸術!なんて片ひじ張らずに、むしろ子どもっぽいくらいのキモチで、役者ぶりを楽しんでほしいナと思います。

 てなわけで、本日はここまでです。
 歌舞伎座、26日まで上演してます。当日券は、地下・木挽き広場奥のチケット販売所で買えます。
 たぶん、あると思うケド、当日券。
 でもって明日は、昼の部の金閣寺のおハナシになる予定です。
 ほいでわまたっ。
 歌舞伎大好きの、ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2015-01-20 13:30 | 読むラヂオ

楽園にも歴史あり・Hawaiiのハナシ・その3

 まいどっ、ちゃみでっす。
 さて今週は、Hawaiiのおハナシなんかしております。
 昨日は、ハワイ諸島に、ポリネシアからやってきたヒトビトが暮らしはじめ、やがて、1778年に、クック船長がやってきた、というところまででした。
 太平洋のまん真ん中に、ぽつんとあるHawaii。西洋人に[発見]されるのが、遅かったのでございます。
 1778年とゆうと、ニホンでは江戸時代の中期、でございますね。
 江戸文化が花開いていたころでございます。
 でもって、オーストラリアやニュージーランドでは、すでに入植者が生活を初めておりました。
 そんな時期、クック船長によって[発見]されたわけでございますが、驚いたでしょうね。
 なにしろ、クック船長の一行を、はじめは神さまの化身だと思ったというんですから。
 それから70年後、ニホンにも黒船がやってきて、開港を求められます。
 ケド、ニホンの場合は、オランダとの交易がありましたから、西洋の事情もある程度はわかってた。
 それに、黒船以前にも、ニホン列島にやってきた外国船はあったわけです。
 けど、Hawaiiの場合は、かなり長い間、ポリネシアの島々ともほとんど交流がありませんでした。
 Hawaii諸島の中で、自給自足の生活を送ってきたわけです。
 そこにいきなり、見たこともない大きな船と、銃や大砲です。
 そりゃ、神さまの化身と勘違いするのも、ムリないかも。
 タダ結局、クック船長は、あんまし人間的な欲望を持ってることがバレちゃったもんで、最後はHawaiiのヒトビトに殺されちゃいました。
 お気の毒に。
 でも、ここにおいて、Hawaii諸島の存在は、アメリカやイギリス、そして他のヨーロッパ諸国にも知られることとなりました。
 当然のように、交易を求めたりする欧米からの船がたびたびやってくるようになります。
 そんな中、ハワイ島の大族長が亡くなったことをきっかけに、Hawaii諸島は、ちょっとした内乱状態になっちゃいます。
 そんな中であらわれたのが、大族長の甥だった、カメハメハさんでございました。
 カメハメハさん、先ず戦上手でございました。
 内乱を制して、ハワイ島を統一します。
 そして、外交手腕にも長けておりました。
 イギリスの海軍と、水兵の安全と引き換えに、他国から守ってもらうという、協定を結んでしまいます。
 さらに、イギリスを通じて手に入れた銃器を武器に、1810年、ついに、Hawaii諸島を統一し、ハワイ王国を建国したのであります。
 すなわち、歴史上、初めてHawaii諸島を統一し、王国を建国し、自ら大王の座についたのが、カメハメハさんだったのであります。
 そしてその有力な武器となったのが、イギリスを通じて手に入れた銃だった。
 なんかどっか、皮肉なことでございます。
 ま、ともかく、こうしてHawaii王国は、ひとつの国家として、欧米列強に対することになったのであります。
 けど、Hawaiiの変化は、とてつもなく大きなものでした。
 宣教師がやってきて、キリスト教を広めます。ついでに、アルファベットを使って、ハワイ語を再構築します。
 ついに、Hawaiiのヒトビトは文字を持つようになったのであります。
 そして、貨幣経済が入りこみます。
 その他、さまざまな文明がやってくると同時に、産業も起こります。
 はじめ白檀が、つぎにはサトウキビが、主要な輸出品目となります。
 これ、わかるよね。白檀は、自然に生えてたものだけど、取って売るようになると、すぐなくなっちゃいます。
 けど、サトウキビは? そう、アメリカからの入植者が、農園の経営に乗り出したのであります。
 サトウキビは、20世紀に入ると競争力なくしちゃうんだけど、アメリカ人の開いた農園は、つぎにパイナップルなどの果物の生産で成功するんだよね。
 その中には、ジェームズ・ドールさんという人物もおりました。
 ま、それはともかく、もうひとつ、1800年代の前半、Hawaiiが果たした、もうひとつの役割がありました。
 それが、捕鯨船の基地としての役割でございます。
 あのさ、マッコウクジラって、アタマがでかいじゃない。あの中に、油が入ってて、それが浮いたり沈んだりするときに大切なお仕事をしてるんだよね。
 でもって、この油、良質な燃料油にもなるのであります。
 これを狙って、開拓時代のアメリカ西海岸では、捕鯨が盛んになりました。
 でもって、沿岸のクジラ、あっという間に取り尽くしちゃったもんだから、西へ、西へと漁場を求めるのね。
 1800年代には、Hawaiiあたりが、捕鯨船の基地としてちょうどいいくらいに、漁場は西に広がってました。
 やがて、ニホンの沖合いにまでやってくるんだよね。
 1800年代も、ちょうど後半に入ったころ、黒船がニホンにやってきて、開港を求めたのも、実は、この捕鯨船の基地が必要だったからなのでございます。
 ま、それはともかく、20世紀に入ると、アメリカで油田が発見されたりして、燃料としての鯨油の需要はまたたく間になくなっちゃって、アメリカの捕鯨も衰退するのであります。
 けど、その間にとったクジラの数といったらっ!
「その反省から、今、捕鯨に反対するのだ」とか言った、アメリカの反捕鯨論者がいたそうですケド、どうにゃらこうにゃら。
 と、まぁ、そんなこんな、クック船長がやってきてから、100年もすると、アメリカ人の経営する農場には、多くの移民が働き、その中には、ニホンジン移民も、多数おりました。
 こうして、Hawaii諸島は、人口も増え、経済的にもぐんと大きなものとなりました。
 そうなると、資産を持ったアメリカ人たちは、より自由を求めます。
 自由って、つまり、経営の自由ね。
 すると、王室が邪魔になってくる。
 そんなこんな、「王権からの自由」みたいなことをスローガンに、海兵隊の力も借りて、カメハメハさんの建国したハワイ王国は、呆気なく倒されてしまうのでした。
 1893年 明治26年のことでございます。
 こうして、ハワイ王国にかわる、ハワイ共和国が、先ず成立いたします。
 初代大統領の座についたのが、サンフォード・ドールという人物。このヒト、果実王ジェームズ・ドールさんの従兄弟なんですって。
 ま、要するに、Hawaiiにも、資本家階級が生まれるまでになってたってことなんでしょうね。
 もちろん、そのほとんどが、アメリカ人でございました。
 やがて、太平洋における、Hawaiiの軍事的重要性に気づいたアメリカは、1898年には、Hawaiiを併合することを決めちゃいます。
 法律が発効したのが、1900年 明治33年のこと。かくして、Hawaiiは、アメリカの領土となったのでありました。
 併合ですよ。領土ですよ。
 いかにも、北米大陸でのアメリカ合衆国の建国物語とは、ずいぶんと違うことがわかりますデス。
 ま、移民し、開拓しちゃ、先住民を追いやって、自分たちのクニにしちゃう、というところでは、一緒なのかもしれませんけど。
 ほいでもって、州に昇格したのは、第二次大戦も終わった1959年のことでございました。
 それまでは、あの真珠湾攻撃のときも、Hawaiiは、アメリカが併合した領土だったのであります。
 そう思うと、他のクニが、戦争で奪おうとゆう野心を持つのも、不思議ではないのかもしれません。
 最近も、中国の高官が「Hawaii、併合してもいい」みたいなこと言って、アメリカ人に不思議がられてましたけど。
 こうしてみると、その土地が、どのクニのものかって、歴史のありゃこりゃの結果であって、元から、あるいはずっと前からそうだったといえる場所って、案外少ないのかもしれませんね。
 土地に歴史アリ、でございます。
 どの土地にも、そこに暮らし、通行し、商売し、戦い、流れた汗や涙や血が、こめられているのかも。
 そんな思いで、その土地を見ると、また別のモノが、見えてくるのカモ。
 あ、そうか。それで蒼辰、歴史好きなんだ。
 え? 今ごろ気づいたか、って? しぃましぇんでした。

 てなわけで、本日はここまでです。
 明日は、どっしよっかな。
 余裕あったら、upします。
 そして来週も、火水木、三日間upの予定。
 テーマは、またまた、歌舞伎のハナシにするつもりで準備しておりますデス。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2015-01-15 15:35 | 読むラヂオ

楽園にも歴史あり・Hawaiiのハナシ・その2

 まいどっ、ちゃみでっす。
 えっと、今週は、きのっから、突然、Hawaiiのハナシなんかしてます。
 さて、みなさんは、カメハメハ大王って、知ってますよね。
 Hawaiiにゆくと、おおきな銅像なんかがあって、市内観光みたいなのの、観光コースにもなっております。
 あ、そいえば、♪みなみの〜しまのだいお〜わぁ〜、そのなもたかきハメハメハ、って歌がありましたね。
 あれ、カメハメハさんをモティーフにして、言い換えてあるわけですよね、きっと。
 でもさ、歌のイメージからしても、カメハメハさんって、南洋の酋長みたく思ってるでしょ、みんな。
 ま、そうだと言えばそうなんだけど、でもなんか、“土人”なんてコトバがあったころの、差別的なニオイを感じてしまいますです。
 ほいでわ、本日はHawaiiの歴史を、たどれるとこまでたどってみましょ。
 ハワイ諸島、地図見ると、太平洋のまん真ん中だってことが分かります。
 でもって、どこの大陸ともつながったことがないんだそうですね。
 ほら、日本列島も、その昔は大陸とつながってて、だから大陸と日本列島の両方にマンモスの化石があるんでしょ。
 ケド、Hawaiiはいっつも海の真ん中だった。
 なので、ずっと無人島だったそうです。
 そこに、いつ、どこから、ニンゲンがやってきたのか。
 ずばっと言います。紀元前500年前後から、3世紀ごろの間と考えられているんだそうです。
 かなり幅広。それも、Hawaiiにやってきたヒトビトが、文字を持たない文明だったために、古文書の類が残ってないからなんですって。
 いちおー、どんくらいの時代かというと、ヨーロッパでは、ギリシアから、ローマ帝国のはじめ、くらいかな。中国だと、後漢から三国時代って感じでしょうか。
 でもって、ニホンは弥生時代から、ようやくクニづくりが始まったくらいの時代でございます。
 で、どこからやってきたのかとゆうと、ポリネシアなんだそうです。
 ポリネシアってゆうのわ、大ざっぱ、オーストラリアと南米大陸の間の太平洋に、点々とつらなる島々でございますね。d0287447_1552688.jpg
 これねえ、地図見たほうがやっぱ分かりやすいので、見にくいけど、地図帳の写真、のせておきますね。
 ま、ともかく、この南太平洋の島々に、暮らしていたヒトビトが、丸太舟とか、アウトリガーってゆうの? 船体の片側または両側に浮きみたいのつけた舟、ああいうので、Hawaiiへと渡ってきたのだそうです。
 すんごい大冒険ですよね。
 なんたって、いっちゃん近い島からだって、2000kmはあろうかってゆう場所なんですから。
 そんなちっちゃい舟で、ホントに太平洋を渡れたのか。
 これについては、のち実験したヒトがいて、実際に、渡れるんだそうです。
 ケド、渡ってきた昔は、難破したヒトもかなりいたんじゃないでしょうか。
 そんな苦労までして、ポリネシアのヒトビトは、なぜHawaiiに渡ってきたのか。
 これまた、文字がない文明だったために、よくわかっていないのだそうです。
 ポリネシアの人口が増えちゃったからとか、戦争に負けて追放されたヒトビトだとか、諸説あるんだそうですが、どれも、想像の域を出ないのであります。
 けどさ、でもさ、ちゃみにはこの答え、分かる気がする。
 要するに、あの海の向こうになにがあるんだろう、って、どしても行ってみたくなっちゃったんだよ。
 だって、きっと、ポリネシアにはもう、海の向こうにはどうとかこうとか的な、神話みたいなのも、あったんだと思うんだ。
 んじゃ、その神話は正しいのか。
 見て、確かめたくなるのは、人情じゃござんせんか。
 そもそも、ジンルイの始まりって、アフリカなんでしょ。
 そっから、ユーラシア大陸を通って、ベーリング海峡渡って、北米から南米大陸へと、ジンルイは世界中に広がっていったということらしいです。
 んじゃ、なんでもって、そんなに先へ先へと旅をつづけたのか。
 人口が増えすぎたなんて、そんなことあるわきゃないですよね。
 んじゃ、なんでか。
 そりゃ、あの山の向こうを、この海の果てを、見てみたく、行ってみたくなったからなんですよ。
 未知の地を求めるジンルイのロマンチシズムが、ジンルイが世界に広がる原動力になったのですよ。
 へへ、ちゃみ、哲学しちゃった。
 にしてもさ、ポリネシアのヒトビトが、文字を持たない文明だったから、Hawaiiにも、文字がなかったんだ、と。
 こいで、思い出すことない?
 ほら、南米の、インカとか、マヤとかの文明も、文字持たなかったんでしょ。
 どっか、共通点、ない?
 ひょっとしたら、果てしない旅の末に南米大陸にたどりついたジンルイは、さらに太平洋へと、この海の向こうへと、旅をつづけたのが、はじまりかもよ。
 なっはぁ〜〜。
 ロマンじゃ。
 ま、ともかく、そんな感じで、Hawaii諸島にはヒトビトが暮らすようになりました。
 でもって、やがて12世紀ごろには、土地の支配がはじまり、階級社会が出現していたと考えられるそうです。
 とにもかくにも、原始生活から、文明社会を築いていたわけでございます。
 そこに重大な変化をもたらしたのは、キャプテン・クックでございました。
 キャプテン・クックって、名前くらい聞いたことあるヒト、多いよね。
 18世紀の、イギリス海軍の士官であり、冒険家であり、ときに海賊まがいのことまでやってのけた人物であります。
 このキャプテン・クックが、2隻の船とともに、Hawaiiにやってきたのは、1778年のことでございました。
 これ、西洋から見ると、Hawaiiの発見でございます。
 で、Hawaiiの側から見ると、文明との出会いでございました。
 う〜ん、こういう言い方でいいのかな?
 ま、いっか。
 ほいで、この、1778年とゆう年号に注目してください。
 あのさ、マゼランさんが、今ゆうマゼラン海峡を発見して、初めて太平洋に出たのが、1520年のことでございます。
 これ以来、ヨーロッパの国々の船が、次々太平洋に進出してくるわけですよね。
 ちなみに、種子島の沖合いでポルトガル船が難破したおかげで、ニッポンに鉄砲が伝わったのが、1543年のことでございます。
 東からも西からも世界一周できるんだっ、って分かってから、それが航路となるまで、あっという間だった。
 なのに、Hawaiiにキャプテン・クックがやってきたのは、1778年でございます。
 ぬあんと、マゼランがポリネシアを通過してから、250年もたっているのでございます。
 あ、やっぱ見にくくても地図写真、upしといてよかった。
 なんせ昔の航海、近い島、近い島とたどってゆくのですよね。
 はい、地図見ればもう分かりましたね。
 Hawaiiだけが、他の島々と、2000kmくらい離れているのであります。
 これが、Hawaiiの、西洋文明との出会いが遅かった、大きな理由なのは、ゆうまでもないとゆうものでございます。

 ほいでもって、西洋文明との出会いによって、Hawaiiには大きな変化と混乱がもたらされます。
 とか、そういうハナシは、また明日につづきます。
 てなわけで、今日はここまでです。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2015-01-14 15:52 | 読むラヂオ

楽園にも歴史アリ・Hawaiiのハナシ・その1

 まいどっ、ちゃみでっす。
 まぁ〜だまだ、お正月気分、抜けませんですねぇ。新年会とかあったりして。
 そんな中、Hawaiiでお正月を過ごしたなんて方もいらっしゃるんでしょうか。
 う〜らや〜ましぃ〜。
 なんだかんだ、一番近い外国になっちゃいましたもんね、Hawaii。
 箱根、宮崎ときて、もうかなり長いこと、新婚旅行の定番の座を守りつづけております。
 聞くとさ、外国、Hawaiiしか知らない、なんてヒトも、けっこ多いもんね。
 でもって、誰もが、い〜とこだって言います。風と空気が違うんだとか。
 まさに、癒しの島ですね。
 なので、リピーターも多いです。もう何度も行ってて、どこにおいしいお店があるか、とか、詳しいヒトもけっこいます。
 けど、ちょっと待てよ。
 行ったことのあるヒトも、ないヒトも、Hawaiiのこと、どれくらい知ってます?
 なんかさ、Hawaiiって、国だと思ってた、なんて女子高生もいたとか。
 まぁ、ムリないっちゃムリないんですけどね。
 だって、観光案内所も旅行会社のパンフも、たいてい[Hawaii]って、独立してますもんね。
 そこで今週は、Hawaiiについて、まちっと知っておこうよ、てなおハナシでございます。
 んなわけで、先ずは、キホンのキから。
 Hawaiiは、アメリカ合衆国の一部でございます。
 アメリカ50州のうち、50番目、つまり、最後に合衆国に加わった州なんですよね。
 なので、上下両院に儀医院も送りこんでいます。大統領選の投票権もあります。
 そこ、Hawaiiよかもっと近い南の島グアムやサイパンと違うとこです。
 グアムもサイパンも、アメリカドルが使えるせいで、アメリカの一部だと思ってるヒト、いない?
 あそこは、1978年から、アメリカの準州になりましたが、それまでは委託統治領、頼まれて、アメリカが統治しているというカタチだったのです。
 なので、上下両院に議員を送ることもできないし、大統領選への権利もありません。
 ケド、Hawaiiは違います。
 立派な、州です。
 他の49州とともに、合衆国の立派な一員なのであります。
 でも、考えてみれば、ちょとヘン。
 だってアメリカは、北米大陸の真ん中を占める国です。
 東海岸から始まって、西海岸へと、移民が開拓してきた国です。
 なので、アラスカとHawaiiを除くと、他の48州がすべて地続きです。
 アラスカは、あれは知ってるヒト多いと思うけど、ロシアから買った土地なんだよね。
 でもって、カナダはさんで、地続きっちゃ地続きです。
 でも、Hawaiiは、太平洋の真ん中です。
 海の真ん中に、ぽつんと浮かんだHawaii
諸島が、ぬあんでUSAの一員なのでありましょうか。
 あ、その前に、Hawaiiが海の真ん中にあるせいで、やっぱちょっと、大陸とは違うとこがあります。
 自分とこでまかなえないものが、いろいろあるんですね。
 例えば燃料。これ、ほぼ100%、大陸に依存しています。
 それから、多くの工業製品。自動車とか、家電製品とかね。
 こういうモノも、大陸から運んでこなくちゃいけません。
 そのために、物価が、他の州に比べると高いのです。
 でも、収入は、全米平均なみ。
 ってことは、相対的に、大陸ほど生活が豊かではない、ということになってしまうのです。
 似たようなことで、通販ね。
 アメリカ、広い国ですから、通販、昔から発達しています。
 しかし、Hawaiiだけは、海を越えて品物運ばなくちゃいけない。
 なので、大手の通販でも、Hawaiiは除外しているところも多いのだとか。
 そんなこんな、どしたって大陸とまったく同じとはいかない島の州なのであります。

 と、本日はほぼ前ふり。ここでおしまいです。
 明日からは、Hawaiiの成り立ちについて、[知ってる?]らしく、その歴史をたどるところから始めたいと思ってマス。
 あ〜、キーボードの調子がわりぃ。
 明日、ちゃんとupできんのかな?
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2015-01-13 12:12 | 読むラヂオ

正月興行に欠かさず上演されてたのわ?

 まいどっ、ちゃみでっす。
 今週は、新年最初の週ってことで、江戸時代のお正月のおハナシとか、あれこれやってます。
 で、本日は、待ってましたっ、歌舞伎の正月興行についてのおハナシでございます。
 江戸時代、正月興行は、11月の顔見世興行とならんで大事にされ、それは華やかなものだったそうでございます。
 顔見世、今も東京では11月、京都では12月にやってます。
 これ、なにかってゆうと、江戸時代の役者さんは、劇場との一年契約だったわけね。
 で、年度末には、いろいろと移籍とかもあったりする。
 そこで、契約最初の月に、これから一年、こんな顔ぶれで興行いたしますと、顔見世する。
 なので、顔見世興行でございます。
 ま、それはともかく、お正月興行、それとならぶ、華やかな興行だったのですね。
 やっぱねぇ、庶民にとっても、お正月は晴れ着どき、お金の使いどき、晴れやかな気分になりたいどき、ですもんね。
 お芝居でも見て、幸せな気分になろうという観客も、多かったのだろうと思います。
 そんな、江戸の正月興行には、欠かせない演目がございました。
 それが、曾我ものといわれるお芝居でございます。
 どういうお芝居かというと、鎌倉時代にホントにあった仇討ちをお芝居にしたものでございます。
 曾我十郎・五郎の兄弟が、さまざまな艱難辛苦を乗り越えて、仇・工藤祐経を討つ、というおハナシ。
 この曾我ものを、お正月には必ず上演する。
 これ、江戸時代通して、二百数十年間、変わらなかったそうです。
 よっぽど、正月といえば曾我、ってゆうのが、江戸市民の間で定着していたんでしょうね。
 それも、たいがいは[対面]と呼ばれる場面が上演されます。
 これ、曾我十郎・五郎の兄弟が、やっとのことで仇・工藤祐経に出会うわけ。
 けど、そこは偉いヒトもいる儀式の場なので、討てない。
 すると工藤さん、ここで討てと、巻き狩りの入場券みたいのくれるんですよね。そん時は、俺もちゃんと相手するから、と。
 そこで曾我兄弟と工藤さんは、その場での再会を約して分かれる。
 これが対面の場でございます。
 つまり、仇討ち、しない。
 いつかするってことを、仇と約束して分かれるだけです。
 なんか中途半端な感じではございます。
 けど、江戸の観客は、これだけで、十分に満足し、納得していたわけ。
 なんで?
 あのね、つまり、仇討ちの成功は、まぁ、有名なハナシだから、みんな知っているわけ。
 そいで、仇討ちの成就を予感させる場面だけ演じることで、やがてくる成功を、ともに予感して満足するわけなんだって。
 どういうことかってゆうと、こういうのを、予祝とゆうんだそうです。
 お祭りにもありますよね。
 秋の収穫を、予め祝うことで、祈り願う。春祭りって、たいがいそういうタイプじゃないかな。
 そういう、予祝にあたるめでたさを、曾我の対面が持っているからなんだそうです。
 ふぅ〜ん。
 つまり、やがて成就する予感に、カタルシスを感じてたってこと?
 そうなんだ。
 ニホンの芸能って、多く、神事に由来してますよね。
 お相撲もそうですが、歌舞伎もそうです。
 ですから、独立した、独自の芸能となってからも、神さまとの結びつきが、あちこちに残ってるんですね。
 ってゆうか、芸能と神事との歴史的な結びつきとか知らなくても、ニホンジンのココロの中に、自然に感じられる感情として息づいていたのかもしれませんね。
 正月といえば[曾我の対面]。でもって、そのハンパなとこで終わっちゃう舞台に、ある予祝を感じ、カタルシスすなわち目出度さを感じていた、と。
 そうか、そういうことなんだ。
 こんど曾我もの見るときは、そういうつもりで見なくちゃね。
 ちなみに、今年の歌舞伎座、1月には曾我もの、ありません。
 かわりに2月、昼の一番で、[吉例寿曾我]が上演されます。
 旧暦のお正月が1月31日だし、昔の正月気分を追体験するにはいいかもよ。
 そして、江戸時代二百数十年間の間、欠かさず正月に上演されてきた曾我もの、キホン、新作だったんですね。
 なので、曾我ものといわれるお芝居、とってもたくさんあります。
 例えば、あの助六もそうなんですよ。
 花川戸の助六は、実は曾我五郎。吉原で男だてを売り、喧嘩を売り、相手が刀を抜くのを待っている。
 なぜなら、仇討ちに必須の、宝刀を探しているからなのでした。
 こういうの、世界を借りる、ってゆうんだけど、そのハナシはいずれまた。

 てなわけで、お正月は曾我ものに予祝のカタルシスを感じて、めでたい気分にひたっちゃってください。
 はい、今週はこれぎりでございます。
 来週は、がらりとオモムキを変えたおハナシになる予定ですが、まぁ予定はあくまで予定ということで。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2015-01-08 15:00 | 読むラヂオ