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16年春リニューアルしました! 蒼辰が書くおハナシを随時アップしております。ちゃみのMCともども、読んでやって下さいまし。
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野郎で歌舞伎はどうしたの?

 まいどっ、ちゃみでっす。
 さて本日は、昨日に引き続き、歌舞伎のお話でございます。

 昨日は、出雲の阿国さんが、かぶき者ファッションつまりわ当時のパンクっぽいファッションで登場した[かぶき踊り]で大当たりを取った。
 そして、[かぶき踊り]は、島原の遊女などが演じる[遊女かぶき]となって大流行するのですが、風紀を乱すという理由で、禁止されちゃいました。
 1629年のこと、女性が舞台に上がることが許されなくなってしまったのです。
 とゆうとこまででしたね。

 さて、女性が舞台に上がれなくなった[かぶき衆]はどうしたか。
 まだ前髪の取れていない若者に演じさせる[若衆かぶき]というものが上演されるようになりました。
 前髪の取れてない若者って?
 成人になる儀式の元服までは、男性は前髪を剃らなかったんですか。ふ〜ん。
 それって、何才くらいなの?
 元服するのが、15〜16才。
 んじゃ、それよか若いわけか。13才くらいから16才くらいってことだな。
 あ、分かった。早乙女太一さんみたいなノリだったわけね。
 そうか。なるほど。それはそれでなにかなまめかしいものが・・。
 え? [若衆かぶき]も、1652年には禁止されちゃうんですか。
 あら、ちゃみの想像、あたっちゃったみたいです。
 赤面。

 けど、あれもダメ、これもダメで、とうとうオトナ男子だけで[かぶき]を上演しなくちゃいけなくなっちゃった。
 これを[野郎歌舞伎]というのだそうです。
 なんかさぁ、いかにも男臭いよね。
 ま、一応、男ばかりでは世相を映す狂言ができないということで、お上に陳情して、男性役者の女装、すなわち女形は許可されたのだそうです。
 けど、人気出ない。
 ま、そうだよね。最初[遊女かぶき]で、次が[若衆かぶき]でしょ。
 なにを売りにしていたか、想像すれば分かるよね。
 それが[野郎歌舞伎]じゃ。

 ん? ちょっと待って。
 けど、[かぶき]に集まってたお客さんは、どこ行っちゃったの。
 戦乱の世が終わって、平和になって、娯楽を享受していたわけでしょ。
 他に娯楽がなけりゃ、やっぱ[野郎歌舞伎]に来るよね。
 それが来なかった。ってことわ?
 他に人気を集めている娯楽があったのですか。なんなの?
 人形浄瑠璃。
 へ〜え。

 1600年代も後半になると、近松門左衛門などの狂言作者があらわれ、その台本を元に上演される人形浄瑠璃が人気を集めていたんだ。
 どうして?
 近松の心中ものとかって、当時、実際にあった事件をもとにしていた。
 って、ど〜ゆ〜こと。
 つまり、ワイドショーネタ的なスキャンダラスな事件を、まるで再現ドラマのように、お芝居に仕立て上げていた。
 はは〜ん。そゆこと。
 そりゃお客集まるわ。
「前にあったやろ、心中事件。あれがお芝居になっとんのや」
「そらおもろそうやなぁ」
 と言ったかどうか、ともかく大変な評判だったそうです。

 それを横目にしていた、人気のパッとしない野郎歌舞伎はどうしたか。
 あ、分かった。パクったんだ。
 ぴんぽ〜ん。
 人形浄瑠璃で上演されていた台本を元に、人間の役者が演じるようになったのです。
 きっとね、初めは拙かった女形の芸も、その頃にはずいぶん上達していたんだと思うよ。
 かくして、女性が舞台に上がれない制約を、女形の芸と、浄瑠璃台本の面白さで克服し、ようやく今日につながる[歌舞伎]が誕生するのでありました。

 ここで面白いのは、出雲の阿国さんの上演した[かぶき踊り]は、踊りと寸劇みたいなものだったと紹介しました。
 そこからおおよそ半世紀あまりで、今日につながる歌舞伎が生まれたときには、浄瑠璃台本によるドラマ・ストーリーのあるお芝居に発展していったんですね。
 そしてさらに、人形浄瑠璃は多幕ものという、より複雑なストーリーを持ったものに進化し、歌舞伎もまたそれを取り入れてゆきます。
「義経千本桜」とか[絵本太功記]「菅原伝授手習鑑」などがそうですね。
 こうして、1700年代の前半には、ほぼ今日と同様の歌舞伎演劇の形式が生まれたと言われているのだそうです。
 さすが、古い伝統があるのですね。

 あ、けど、ここまでのストーリーは主に上方、関西方面のお話です。
 江戸は江戸で、違うのやってたんだ。
 荒事芸?
「暫(しばらく)」みたいな、前髪の若衆が、悪者を豪快にやっつけるお芝居が人気を博していた。
 はは〜あ。野郎ばっか歌舞伎対策として、スーパーヒーローものを展開してたわけだ。
 これはこれで、市川團十郎の登場などで、江戸で人気のお芝居へと発展していった。
 で?
 やがて18世紀になるころから、関西の役者との交流などを通じて、江戸歌舞伎も多幕ものを上演するようになったんだ。
 なるほど。

 歌舞伎はさらに、18世紀末から19世紀初めにかけての鶴屋南北。幕末から明治初期にかけての河竹黙阿弥などによって、狂言の幅をどんどん広げてゆきます。
 そんなこんな、そうだ、歌舞伎座の上演演目にまつわるお話でも、少しずつしていきましょうか。
 興味のある方は、待っててくださいね。

 とりあえず、歌舞伎誕生のあらすじはこれでおしまいです。
 来週は、まんなからへんで、もっと[知ってる?]っぽいことをやりたいなと思っております。

 明日は?
 は? 誰かの誕生日をお祝いするそうです。
 誰だろ。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2013-08-22 13:14 | 読むラヂオ
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