excitemusic

16年春リニューアルしました! 蒼辰が書くおハナシを随時アップしております。ちゃみのMCともども、読んでやって下さいまし。
by planetebleue
ICELANDia
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


中国三大美人の話・その1

 まいどっ、ちゃみでっす。
 さて、本日から三日間にわたり[中国三大美人]というお話をすることになりました。
 ま、いちおー、[知ってる?]ネタってことで。

 けど、モノの本とかでは、古代中国四大美人とするのが、どうも正しいようなのです。
 しかし、四人目の方、架空の人物なのですよ。
 貂蝉(ちょうせん)という方なのですが、こちら、三国志演義の美女連環の計というくだりに出てくる登場人物。
 そら、お話の中ですからね、「この世のものとも思えぬ美しさ」とか言われたって、そうなんだ、って思うしかないっすもんね。
 なので、当ブログでは、架空の人物は除外し、[中国三大美人]とさせていただきます。

 けど、この三大美女にも、ちと怪しいところがございます。
 なんでかっつうと、先ず、楊貴妃さんが登場します。
 クレオパトラか楊貴妃か。世界史的にも二人三人しかいない美女の一人であります。
 つまり人類史上一二を争う美女。
 ま、入ってて当然ですよね。
 で、あとのお二人がっつうと、一人が2500年も昔の方で、もう一人も2000年以上昔の方なんですよ。
 つまり、まるっきし古代。
 それに対して、楊貴妃さんは八世紀、唐の時代のヒトであります。

 ね。なんか楊貴妃さんの伝説に、さらに箔をつけるために、うんと古代の伝説の美女を組み合わせたような・・・。
 なんか、そんな疑いもある三大美女でございます。
 ただ、一番大昔の王昭君さんを題材にした陶器人形を、中国・広州の物産展示場みたいなとこで見たと、蒼辰が言ってます。
 そ〜ゆ〜ものの題材になるってことわ、やっぱ中国では有名な方なのかもしれません。

 というわけで、古代の方は明日と明後日にまわして、本日は楊貴妃さんのお話です。
 けど、超有名な方ですからねぇ。
 唐の玄宗皇帝の寵愛を受けた方で、でも、そのせいで国が傾いちゃうんですよね。
 ま、中国にはありがちな話。
 でもって、茘枝(ライチ)が大好きで、遠くから運ばせたとか。
 あと、いい匂いがしたの?
 あ、案外それくらいしか知らないかも。

 ほぉ〜れみ、ってゆう目で蒼辰がこっち見てます。
 ちっ。
 なので、楊貴妃さんがどんなヒトだったか、おさらいです。

 楊貴妃さん、本名・楊玉還さんと言います。
 なんでも、生まれたときから玉還を手にしていたからだとか。
 玉還って、翡翠の腕輪のことでしょ。厄除けのお守りみたいなヤツだよね。
 ってことは、銀のスプーンをくわえて生まれた的な、強い運のもとに生まれたってたとえですよね、きっと。

 そして、生まれ落ちたその時から、部屋中に良い香りが漂ったとか。
 さらには、幼い頃に落ちた池が、落妃池と呼ばれて、今も四川省にあるとか。
 ま、生まれたときから伝説だらけなのさ。

 やがて、16歳の時に、玄宗皇帝の息子の一人のお嫁さんになるんですね。
 ここ、それなりの身分の家に生まれたからなのか、それとも、美しさを見こまれたのか、そこ、分かりません。
 残念。
 けど、伝説を元にストーリーを作ると、貧しい家に生まれたが、赤ん坊の頃からよい香りがするほどの女の子で、そこで、下級役人の男がその子を貰い受け、相当な売りこみをはかって、とうとう皇帝の息子の一人に嫁入りさせたと、そんなイメージになるようでございます。
 ウソかホントか、そこ知らないよ。

 しかし、こっからが、楊貴妃さんの伝説の始まり。
 嫁入りした5年後の21歳のとき、ぬあんと、玄宗皇帝その人に見初められちゃうのですね。
 けどさ、息子の嫁の顔、5年も見たことなかったのか?
 いくら18番目の息子だったって、一度は皇太子になったヒトなんでしょ。
 それとも、16歳からの5年間の宮廷暮らしで、楊貴妃はその美しさにますます磨きがかかっていたとか?
 うん、こっちのがいいな。
 美少女から、ホンモノの美女へ。

 だけんども、いくら皇帝だって、息子の嫁を簡単に奪うわけにはいきません。
 そこで、先ず分かれさせ、楊貴妃さんにはお寺に入ってもらい、それから女官にし、しかる後、後宮に入れたと、こんくらい複雑な手続きはとったようであります。
 もちろん、お寺のときも、女官のときも、カタチだけ。玄宗皇帝が足繁く通っていたことは間違いありません。
 こうして後宮に入った楊玉還さんは、はれて楊貴妃となったのでありました。

 ん? なにが“はれて”なの?
 貴妃というのは、後宮における身分の名称なんだ。へぇ〜っ。
 正妻の次くらいの身分だった。
 わお、百人抜きの大出世ね。

 も、そっからは、玄宗皇帝の寵愛を受けるわうけるわ。どこへ行くにも、いっつもいっしょだったそうです。
 贅沢だってすごいっすよ。
 楊貴妃さんの院には、700人の絹織り工人がいるほか、数百人の装飾品を作る工人がいたんですって。
 シルク工場とアクセの工房持ってるようなもんっすよ。
 すごい。

 もちろん、楊貴妃さんのほうでもサービスを欠かさない。
 琵琶や打楽器は楽人より上手で、舞もうまかったんだそうです。
 ま、うまいっていうより、皇帝が好きだし、自分も得意だから、しょっちゅうやってあげたってとこなんじゃないのかな。
 舞いのほうは、西域の、ってことは、当時としてはエキゾチックな舞いをじょうずに舞ったとか。
 玄宗皇帝の鼻の下が見えるようでございます。

 またある日、皇帝が碁を打っていて、形勢が悪そうなのを見て取ると、狆を放って碁盤をひっくり返したとか。
 皇帝の、にやりと貴妃を見た目が見えるようでございます。他愛ないっちゃ他愛ないけど。
 二日酔いのときには、牡丹の花の香りで癒し、夏の暑い日に汗をかけば、汗が紅色をしていて、よい香りがしたとか・・もう、ほんっと、伝説には事欠かないヒトでございます。

 だがしかし、困ったもんだ。
 なにが?
 玄宗皇帝の寵愛をいいように利用したのは、貴妃そのヒトではなく、兄弟姉妹や親戚の方々でした。
 それぞれ長安に大きな屋敷を構え、屋敷には賄賂を持った人たちが列をなしたとか。
 つまり、宮廷のいいポジションについて、政治の実権を握り、その上、賄賂で取り仕切っちゃった。
 これじゃ評判悪くなるよね。
 とうとう、楊家の一族の専横に起こったヒトが反乱を起こしてしまいます。
 玄宗皇帝と楊貴妃さん、都から逃げ出さなきゃいけなくなちゃった。
 やがて反乱は鎮圧されるんですが、反乱を引き起こした責任を取るカタチで、楊貴妃さん、37歳の障害を終えたのでありました。

 けど、後世の歴史家によると、楊貴妃さん、そんな悪い女じゃなかった、ってことになってますね。
 たとえば、巨大な宮殿みたいな、やたらお金のかかる贅沢を要求したりはしなかった。
 はぁはぁ、そういうのでお金使わせちゃう女性もいたわけだ。
 それに、政治の話にも口出ししたりしなかった。
 ん、そういえば、楊貴妃さんの贅沢って、わりと身の回りのモノが多いし、狆の話とか、二日酔いを醒ました話とか、他愛ないエピソードが多いですよね。

 女性の地位が、想像もつかないくらい低かった時代、見こまれて後宮に入り、貴妃となり、精いっぱい、その寵愛にお返ししていた、かわいい女性のような気がしてきました。

 ただ、太めだったのはホントらしいっすけどね。

 駆け足だったので、そのうち、楊貴妃こぼれ話でもやろうかな、とか蒼辰が言ってます。
 そして明日は、三大美人のいっちゃんお古い方、西施さんのお話です。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
[PR]
by planetebleue | 2013-09-03 18:08 | 読むラヂオ
<< 中国三大美女の話・その2 今どきのF1・その1 >>