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16年春リニューアルしました! 蒼辰が書くおハナシを随時アップしております。ちゃみのMCともども、読んでやって下さいまし。
by planetebleue
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中国三大美人の話・その3

 まいどっ、ちゃみでっす。
 さて今週は、三日連続で中国三大美人のお話をしておりますが、本日はその最終回ですね。
 紅の汗の楊貴妃さん、眉間に皺の西施さんと来て、三人目は、王昭君という方です。

 この方、今から2000年以上も昔の、前漢時代の方でございます。
 昨日の西施さんからおおよそ500年後。楊貴妃さんの登場は、さらに800年後のことです。
 日本でいうと、まだ弥生時代なんですが、100以上もの[くに]ができて、中国とも行き来するくにがあらわれた、そんな時代でございます。
 ずいぶん昔ですねえ。

 そんな昔の王昭君さんは、宮廷の官女でした。
 その頃、今のモンゴルらあたりに、匈奴という国があったんだそうです。
 この匈奴、たびたび中原を脅かす厄介な存在だったそうなんですが、王昭君さんの時代には、わりと仲良くやってたんですって。

 その匈奴の王さまから、漢の皇帝に、漢の女性を一人、妻にしたいとお願いしてきたというんです。
 けど、漢の皇帝は、美女をあげたくない。
 そこで、官女の中でもっとも醜い者を選ぶことにして、絵師に官女の絵を描かせたんだそうです。
 けど、情報通の官女たちは、なんで似顔絵描いてるか、勘づいちゃった。誰もモンゴルなんか行きたくない。
 そこで、絵師に賄賂を送って、み〜んな美女に描いてもらったんです。
 ところが、王昭君さんだけは、「あたしはいい」とかなんとか、絵師に賄賂を送らなかった。そのせいで、目いっぱいブスに描かれちゃったのです。
 さて、集まった絵を見た皇帝、ブスの王昭君さんの絵を見て、「あ、これでいいや。これならウチにいなくてもいい」と言ったかどうだか、ともかく、王昭君さんに決めちゃった。
 やがて、「この者です」とあらわれた王昭君さんを見て、皇帝びぃ〜っくり。
 だって、すんごい美女だったわけですから。
 けど、選んだ者を撤回もできないので、渋々送り出したのだそうです。

 けど、この話、おかしいですよね。
 撤回すれば済む話でしょ。皇帝なんだから。自分のものにしちゃえばい〜じゃん。
 資料では、別れの儀で初めて王昭君を見た皇帝は・・となってるんですけど、これさ、匈奴からお迎え隊が来てたんじゃないかな。
 王昭君さんを見たお迎え隊は大喜び。「こ〜んな美人を差し出していただけるなんて」ですよね。
 それを見た皇帝、「うむ、余も惜しいが、匈奴王のためじゃ」と言ったかどうだか。
 ともかく、引っ込みがつかなくなったんじゃないか、と。
 ね、ストーリー的に、そのほうが納得できるでしょ。

 あと、官女の賄賂の話も、皇帝の意図に勘づいて、としましたが、案外、逆かもね。
「きれいに描いてもらったほうが、なんかい〜ことあるに決まってるじゃん」というので、賄賂送ったのかも。
 なんせ2000年前っすよ。そんくらい子どもっぽい解釈のがい〜かもね。
 ちなみに、絵師、あとで不正が発覚して、斬首刑になってるそうです。
 お気の毒に。

 あと、匈奴と仲良くやってかなきゃいけない漢としては、わざとブス送るのは不自然だ、という異説もあるそうです。
 さらに、漢の女性を妻にって話も、漢の皇帝からもちかけたという説もあるそうです。
 となると、わざとブスを送るというのはますますおかしくなる。

 だがっ。ここ強調したい。
 異説も含めて、この話、男性の学者が唱えているに違いない、と。
 だってさ、よぉ〜く考えてほしいわけですよ。
 そもそも、女性の価値は、美しいか、そうじゃないかだけで決まるものではまりません。
 まして、美女の基準なんて、国ごとに、時代ごとに、好みごとに、何兆とおりもあるわけじゃないですか。
 殿方の学者は、匈奴王にブス送って、相手が怒ったらたぁ〜いへん、とか考えるんでしょうが、高慢ちきな美女送ったらどうなるかには思いが及んでいないのではないか、と。

 そこで、ちゃみの解釈。
 この、絵師のエピソード、つまりは王昭君さんが、絵師に賄賂なんか送ったりしない、清く正しいヒトだった、ということが言いたいんでしょ。
 そのほうが、後半のストーリーともすんなり結びつくんだよ。
 まぁ〜ったく、オトコどもは、女性を顔だけで論じようとするんだから。

 で、お話は後半戦に突入します。
 こうして、匈奴王の妻となった王昭君さんは、やがて男の子をもうけるほど、匈奴王に愛されます。
 ここさ、思うんだけど、きっと何番目かの妻だったんだよね。けど、王に愛された。
 あのね、やっぱ性格も良かったんですよ。美女ってだけじゃ、こうはならないと思う。
 だってさ・・え? 長くなるから、そんくらいにしとけ。
 ふぁい。むすっ。

 だが、王昭君さんに悲劇が襲います。
 匈奴の王さまが亡くなっちゃったんです。
 でも、きっと、うんと年上だったんだろうから、そこはしょうがない。
 問題はそこから。
 王昭君さん、当時の匈奴の慣習のため、義理の息子と結婚しなければいけなくなってしまったのです。
 義理の息子ってゆうんだから、きっと王さまの他の妻の子どもだよね。
 こういうのを、レヴィレート婚というのだそうで、古代には、婚姻で結ばれたつながりを維持するために、結構あちこちにあった習慣のようです。

 けど、王昭君さんは、漢の女です。
 当時の漢では、父の妻妾が、息子と結婚することは、近親相姦に匹敵する不道徳とみなしていたんだそうです。
 ああ、文化の違い。
 王昭君さんにとっては、ひどく不道徳なことでも、今や匈奴の宮廷の人間。
 泣く泣く義理の息子と結婚し、二女をもうけたとか。

 こうしたことから、王昭君さんは悲劇の美女として語り継がれているそうです。
 だから、ね、前半のちゃみの解釈、後半と釣り合ってるでしょ。
 王昭君さんは、単に美女ならず、清く正しい、真っ直ぐな性格の方だったんですよ。
 きりりっ、って感じ。

 現在の中国の内モンゴル自治区・フフホト市というところには、王昭君さんのお墓が残されているそうです。
 ホンモノ? とか聞かないの。
 陵墓のまわりには、王昭君さんの郷里の家を再現した建物や、匈奴博物館もあって、観光スポットになってるんですって。
 行ってみたぁ〜い、と言っておくべきところです。

 てなわけで、本日はここまでです。
 明日は?
 決まってないんだ。
 でもきっと、upあると思うよ。
 けどさぁ、ここんとこtxtばっかじゃん。なんか、ばっ、ばっと写真見てもらうようなネタ、ないの?
 え? あ、ないんだ。
 ちっ。

 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2013-09-05 12:44 | 読むラヂオ
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