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16年春リニューアルしました! 蒼辰が書くおハナシを随時アップしております。ちゃみのMCともども、読んでやって下さいまし。
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犬の伊勢参り・その2

 まいどっ、ちゃみでっす。
 さて本日は、昨日に引き続き、犬の伊勢参り・その2でございます。
 信じないヒトは、信じなくてもいいですよ。
 でも、江戸時代、犬は伊勢参りに行ったのです。
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 おかげ参りの子どもたちについていった里犬を手始めに、やがて、飼い犬を代参に向かわせるヒトがあらわれ、何匹もの犬が、伊勢に向かいました。
 街道でも、犬が伊勢参りすることが知られるようになります。
 伊勢参りの犬と分かれば、みんなが世話してくれます。
 餌をくれる。泊めてやる。首につけた銭から、いくらかを手間賃としてもらい、それを上回る額を、お布施としてつけてやる。
 犬の首に下げた銭はどんどん増えてゆきます。すると、それじゃ重かろうと、銀貨に両替してくれるヒトまであらわれる。
 こうして、伊勢に着くころには、銀貨やら銭やらをじゃらじゃらさせているわけです。
 取っちゃうヒトとか、いなかったんですかね。
 だって、罰当たりになっちゃうから。
 あ、そうか。伊勢神宮の神徳を信じている当時のヒトたちは、伊勢参り犬の首に下げた銭を奪うと、必ず罰が当たると思ってたのか。
 江戸末期、日本にやってきた外国人は、みんな治安がいいことに驚いたと言いますが、こういう気持ちが、それを支えていたんですね。
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 そして、伊勢神宮でも、ちゃんとした伊勢参り犬と分かれば、お布施をとって、お札をくれます。
 たいがは、濡れないように、首に下げた油紙の袋に入れてくれたようです。
 でもって、伊勢では、犬の出発地を縄張りにする御師が世話をしてくれます。
 ご馳走食べて、お布団で寝て・・というわけにはいかないでしょうが、ま、犬として過不足なく、食べて、寝られる場所も与えてもらえる。
 で、また、首に銭をつけてもらって、帰途につくわけ。

 銭とお札を下げていれば、伊勢参りからの帰り犬だと分かります。
 宿場の問屋場という、人馬や荷物の継ぎ立て、つまり受け渡し? そういうのやってた場所では、ちゃんと送り状を発行していました。
 昨日紹介した「犬の伊勢参り」が引用していた、当時の送り状の文面を孫引きしておきますね。

 覚
一、犬壱疋
   銭壱貫四百七十文
 右の通り先の宿より送り来るに付、継ぎ送り候。御受取なされるべく候。

 こういう、公式の送り状が、宿場から宿場へと受け渡され、犬は、無事安泰に旅を続けることができたのです。
 江戸時代のヒトって、犬にやさしいよね。
 かくして、無事伊勢参りをおえた信仰心篤きわんちゃんは、人々に守られ、無事、元の村に帰ることができたのです。
 記録に残っている、もっとも遠くから伊勢参りした例としては、津軽からやってきて、無事、帰り着いたわんちゃんがいたそうです。
 すごい。
 津軽ですよ、津軽。
 人間でも2,3ヶ月はかかる旅行ですよ。
 それを、わんちゃんが単独で行って帰って来るんですから、支えた街道のヒトたちも含めて、すごいことだと思います。

 けど、うまくいかなかった子もいるみたいですね。
 途中で行方不明になったみたいな記録も、あちこちに残ってるようです。
 考えてみれば、犬ですからね。
 村の里犬が、抜け参りの子どもたちといっしょに旅立ち・・と、そこまではきっとそうだったんだよ。
 けど、途中でどっか行っちゃった犬も、相当いたんでしょうね。
 ちゃ〜んと、新しい住み処や、世話してくれるヒトなんかもめっけちゃってさ。
 すっかりどっかの里犬に改まっちゃうわけです。
 そういうのもいなくっちゃね。
 いくら、街道では世話してもらい、道中も道連れになってくれるヒトがいたとしても、どの犬もどの犬も、ちゃ〜んと伊勢参りして帰って来るというのは、やっぱり不自然です。
 どうなんだろなぁ。
 犬にそのつもりないまま、伊勢参りに旅立って、帰還率五割なら、それでも相当すごいんじゃない?

 ってゆうか、江戸時代の犬って、自由だったんだなぁと思います。
 好きなところ、気に入った場所で、人と共生し、気が向けば旅に出て、伊勢参りさえできた。
 い〜じゃないですか。

 と、江戸時代の犬のお話をしていると、避けて通れないのが、綱吉さんなんですよね。
 ほら、生類憐れみの令出した将軍さま。
 とくに犬を大事にしろと命じて、飼い主のいない犬を、中野の犬屋敷に集めて、大勢の役人に世話をさせていたんですよね。
 これ、注意が必要なのは、飼い主のいない犬イコール野良犬じゃなかったってことね。
 昨日お話したみたいに、江戸時代、たいていの犬は、里犬として人と共生していたのです。
 そういう、自由にして自主独立のわんちゃんを、いくら世話したっていっても、屋敷に閉じ込めちゃったわけですから、犬にとってはどうなんでしょ。

 ただし、江戸の町に犬が増えたのは、綱吉さんになってからという説もあります。
 じゃその前はどうしてたの?
 食べられちゃってた?
 ぎょえっ、マジですか。
 十七世紀の後半、元禄くらいまでは戦国の荒っぽい気風も残ってたから、あったかもしれない。
 そうなんだ。
 ってことは、ひょっとすっと、自由な里犬ちゃんになれたのは、綱吉さんのあと、名君吉宗公あたりなのかもしれません。
 こううことってさぁ、どの時代の人にとっても、犬のありようって“そういうもの"だと思われちゃうから、記録ってないんだよね。
 他のことから、あれこれ想像するしかないのです。

 てなわけで、少なくとも十八世紀以降、江戸時代のわんちゃんは、里犬として、人間との共生生活を営み、わりと自由に暮らしていたわけです。
 けれども、その自由も、いつまでも続きませんでした。
 昨日、伊勢参り犬は、明治の文明開化とともにいなくなったというお話をしました。
 文明開化で、犬も迷信を信じなくなり、信仰心が薄くなった・・わけではありません。もちろん。
 それには、こんな事情があったのでした。
 幕末、日本にやってきた外国人が、里犬システムを好意的に母国に紹介したというお話をしました。
 やがって、明治となり、文明開化になると、今度は多くの日本人が、ヨーロッパへと留学に出かけます。
 そういうヒトたちが、帰国してから、彼の地の犬事情を紹介するわけ。
 曰く、犬はみな飼い主がいて、登録制で、税金まで徴収している国もある。
 それだからこそ、しつけもよく、うるさく吠えたり、まして人を咬む犬などいない、ってね。
 これを知った明治政府は、文明開化のためには犬も西洋式にしよう、となっちゃった。
 飼い犬の登録制度が始まり、飼い主のいない犬は捕獲されることになっちゃった。
 野良犬・野犬という言葉は、この時に生まれました。
 江戸時代、自由で自主独立の生き方をしていた犬たちは、突然、野良犬・野犬と呼ばれ、ならず者扱いされることになってしまったのです。

 その上、もいっこ、日本の犬たちには不幸な出来事がありました。
 西洋犬ブームが起きちゃったのです。
 それまで、犬に値段がついたことなんかなかったのに、わざわざお金を払って、西洋犬を飼いはじめる人が増えちゃった。
 これ、かなりのブームだったみたいですね。
 貴族やお金持ちだけじゃなくて、ふつうのヒトたちも、西洋犬を買い求めて、可愛がるようになったみたい。
 それで思い出したことがひとつ。
 柴犬をはじめ、日本犬の資料を読んでいると、たいてい、明治の中頃から終わりごろに、志を持った人たちが立ち上がって、純血種を守る活動を始めているんですね。
 こうして、柴も、甲斐犬も、秋田犬も、土佐犬も、純血種を今日に伝えることができた。
 ってことはさ、明治維新文明開化から、わずか数十年で、純粋な日本犬の継承が危なくなるくらいに、西洋犬が入ってきちゃってたんだね。
 まぁまぁまぁ。
 こうして、種こそ守られたけど、日本犬にとっての、人間とゆるやか共生する、自由な生活は、二度と取り戻せなくなってしまったのです。
 ゆるやかな共生っつっても、中には咬むヤツいたろうし、伝染病のこととかもあるだろうし、しょうがない部分はあるんだけどね。

 けど、江戸時代、日本犬は、立派に伊勢参りしてました。
 西洋犬なんて、大名屋敷の中でしか見られない、犬といえば、日本犬しかいなかった時代のお話です。d0287447_12522378.jpg

 もしも伊勢に行って、お詣りのために参道を歩くときには、ちょっと思い出してね。
 かつて、立ち耳で巻き尾の犬が、首には銭を刺した銭や名札を下げて、マジメそうな、神妙な顔をして、とことこと拝殿に向かう姿を、想像してくださいね。
 可愛いどころか、愛おしくなっちゃうよ。

 てなわけで、犬の伊勢参りのお話はおわりです。
 明日はね、伊勢参りの余談を短くお送りする予定になってます。
 さらに、来週は、ひさびさ、写真つきの食い物の話の予定です。
 待っててね。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2013-10-10 13:30 | 読むラヂオ
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