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16年春リニューアルしました! 蒼辰が書くおハナシを随時アップしております。ちゃみのMCともども、読んでやって下さいまし。
by planetebleue
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パリと言えば、絵描きさんなのだ。

 まいどっ、ちゃみでっす。
 なはっ、たはっ。昨日、upできませんでした。しゅいましぇん。
 なんせ蒼辰が、なんかしんないけど、ばったばたなのですよ。早くも夏バテぎみかもしれません。
 こんなんで、夏、もつのか。
 てなわけで、え〜っと、一昨日は、パリ祭のハナシから、シャンソンのハナシとか、雑談っぽくしたんでしたっけね。
 なので、今日もそのつづきの、おフレンチ関連のおしゃべりでございます。
 そういえば、パリ・ジャパン・エキスポのニュースが、ネットニュースや新聞に上がってましたね。
 なんですか、5日間で28万人を動員したとか。
 ヨーロッパ中からジャパン・カルチャーファンが集まる、最大級のイベントになっちゃったんですね。
 会場、コスプレでい〜っぱい。でもって、たこ焼きだの、焼きそばだの、おいしそぉ〜に食べてるの。
 パリで、ですよ。ジャパンカルチャーのビッグイベント、またの名をオタクの祭典。
 まぁね、ニホンのコミックやアニメにあこがれてくださるのはうれしいことですけれど、花の都パリィ〜にあこがれてた、おフレンチ派・蒼辰としては、ちょと複雑なモノもあるようでございますよ。
 そうそう。パリ、またはおフレンチの、華やかで、お洒落で、シックなイメージが、どうして定着したのか、的なおハナシを、一昨日もしました。
 そこで、重大な見落としがあったことに気づきました。
 フランス文化を、ニホンに輸入したヒトたちの中で、絵描きさんを忘れちゃいけませんよね。
 なんせ、ごく最近まで、「パリに留学してました」じゃないと、絵描きとして一人前じゃない的なとこありましたもんね。いわゆる洋画・・ん? これじゃ映画か・・西洋絵画? ちょと違うな。ま、いいか。
 古くは明治時代から、昭和になり、戦争をはさんで戦後になっても、画家にとって、パリは憧れの地、そこで学ばねば一人前になれない場所だったんですものね。
 って、簡単にゆうけど、大変ですよ、昔は。
 だって、横浜か神戸から船に乗って、2ヶ月ですよ、2ヶ月かかって、先ずマルセイユに到着します。
 で、そこから、まだ蒸気機関車の時代です、夜行急行かなんかで、やっとパリにたどり着くんですよ。
 こうして渡仏した絵描きさんは、一年二年、長いヒトはもっともっと、パリに滞在します。
 ヒコーキで行って、1週間の滞在でパッと帰って来ちゃった蒼辰とはえらい違いですよ。
 でもって、たいていはお金がなくて、貧乏暮らししてます。逆にゆうと、それだけパリ生活、ってゆうか、フランス流のふつうの日常生活を体にしみこませて、帰ってきます。
 以前に、東郷青児さんをモデルにしたドラマが、テレビで放送されてたことがあります。
 東郷青児さん役、津川雅彦さんでした。
 そんときの、東京の自宅での食事風景。
 和室です。でも、電灯にはお洒落なガラス製のシェードがついてます。
 で、食事するのちゃぶ台なんですが、お皿の料理を、ナイフとフォークで食べているのです。
 昭和初期、ですよね、時代は。
 ふぅ〜ん。そんな感じで暮らしてたのかなぁ、パリ帰りの絵描きさんは。
 ともかく、「あちらではね・・」とか言って、パリ生活の一端を、お弟子さんとか、知り合いとかに伝授していたことは間違いないでしょうね。
 そして、そうしたヒトたちもまた、パリ・フランスへのアコガレを強くしてゆく。
 で、さ、しかも、大正から昭和初期くらいの時期って、パリはいわゆるエコール・ド・パリの時代。世界中から、芸術を学ぼう、一人前の絵描きになろうと、若者が集まってた時代ですよね。
 このあたり、ウディ・アレン監督の映画「ミッドナイト・イン・パリ」でも描かれてましたね。
 アメリカ人の売れない作家が、エコール・ド・パリの時代にタイムスリップしちゃうの。
 そこで出会うのが、コール・ポーターだったり、作家のフィッツジェラルドだったり、ヘミングウェイだったり、ピカソだったり、ダリだったり、マン・レイだったり・・・。
 おフレンチ好きで、エコール・ド・パリの時代にあこがれる蒼辰としては、かなり気に入った一本だったようです。
 そして、あの映画に描かれた時代のパリにはまた、多くの日本人画家もいたのでございますね。
 そんな中で、印象に残る絵画といえば、やっぱり佐伯祐三さんでしょうか。
 なにしろ、パリの風景ばっか描いた方ですからね。
 佐伯祐三の数々の絵を見ているだけで、パリに行きた〜いって気分になってまいります。
 ちょとおぼろげな記憶で話すんですが、確か、佐伯祐三が最初に渡仏するときって、いっしょに行った奥さま、1才になるかならないかの乳飲み子抱いてたんですよね。
 この勇気、すごいと思います。
 だって、船の2ヶ月だけでも大変ですよ。途中、インドとか、アラビアとか、暑いとこも通るわけだし。
 でもって、パリ生活ですよ。
 離乳食の知識はあっても、それはニホンでのもの。必要な材料だって、揃うわけないよね。
 目の前にあるフランスの食材から、あれこれ工夫して作るわけでしょ、離乳食すら。
 あ、そうだ。お醤油だって、今なら世界中のスーパーで売ってるけど、当時は、ねぇ。
 勢い、見よう見まねで、フランス人のやってるとおりにやるわけですから。
 そりゃ大変なことだったろうと思います。
 でも、佐伯祐三さんの絵って、絵を見てるだけで、こっち側にいる絵描きさんの、真摯な思いが伝わってくるようで、ステキですよね。
 えっと、ブリヂストン美術館に何点かあるんじゃなかったっけ。
 興味のある方、調べてから、出かけてみてね。
 誰だったか忘れたけど、やっぱパリで貧乏暮らしをしていた画家が、冬になっても、ちゃんとした防寒着ない。そこで、橋のたもとで、屋台の焼き栗を買って、コートのポケットに入れて、手を温めながら歩いたんですって。
 今なら缶コーヒーですね。
 で、蒼辰、マネしたそうです。
 11月下旬、ボージョレヌーヴォー解禁直後の、東京よりは寒いけど、まだ本格的に寒くないパリで。
 ポンヌフのたもとで焼き栗買って、ポケットに入れようとしたら、熱くてたまんなかったそうです。
 ありゃま。

 はい。てなわけで、今日はここまでです。
 明日も、おフレンチ関連の雑談がつづくと思います。
 来週は、F1あります。ドイツGPです。なので、ドイツのハナシ・・と思ったんだけど、ここんとこ外国ネタばっかつづいてるので、とり止めにします。
 いえ、やめます。ちゃみの一存です。
 なんかさ、もっと気楽な、食いものかなんかのハナシにしようぜ。
 ねっ。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-07-16 13:28 | 読むラヂオ
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