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16年春リニューアルしました! 蒼辰が書くおハナシを随時アップしております。ちゃみのMCともども、読んでやって下さいまし。
by planetebleue
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ちょっとマジメに、佐世保の事件のおハナシ。

 まいどっ、ちゃみでっす。
 きょうはね、ちょとカタイほうのハナシすることになりました。
 ん〜と、佐世保ですか、女子高生の、悲惨な事件が起こっちゃいました。
 みなさんも、ニュース等でご存知のことと思います。
 ほいで、一昨日かな、在籍していた高校では、緊急生徒集会みたいなのがあったみたいですね。
 そのあとの記者会見で、校長先生がおっしゃってました。
「生徒たちには、命の大切さをあらためて訴えた」と。
 命の大切さ?
 なんか、見当違いなんじゃね? と、はっきり言って、そう思いましたです。
 犬とか猫とか虐待したとか、そんな事件じゃないんですよ。
 新聞の一報を読んだあとで、蒼辰が「こりゃ、やってみたかった系の事件だな」と言ってましたが、どうやら、その通りであったみたいです。
 ヒトを殺してみたい。
 もちろん、いけないことです。
 でも、そういう心の闇を持ってしまうのが、またニンゲンというものでもあります。
 そこに、[命の大切さ]ですって?
 そうじゃないでしょ。心の闇にきちんと向き合うならば、そこで出会う問題は、「生きるってなに?」という、より根源的な問題だと思うからです。
 ヒトはなぜ生きるのか。
 この問いに、オトナはたいてい答えてくれません。
 ま、もちろん、ちゃみにだって、そんな簡単な答えの持ち合わせはありません。
 なので、いろぉ〜んなこと考えながら、ちょとハナシてみよっかなっと思ったわけなのです。
 あの女子高生、猫を解剖したりとか、してたんだそうですね。
 ほかにも、いくつか問題行動があったとか。
 なので、警察では、精神鑑定も視野に入れているとか。
 なにそれ、じゃないっすか。
 そこで、異常と判断されれば、ああ、異常なニンゲンがやったことなんだと、安心できるとでもゆうのですか?
 そもそも、ココロの異常ってなんなんでしょう。
 いえいえ、んじゃ、正常なココロって、なんなんでしょう。
 それって、心の闇に向き合ったこともなければ、深くモノゴトを考えたこともないヒトたちのことなんじゃ? と、思わず皮肉りたくなってきます。
 小さな動物を殺すことが、問題行動なのでしょうか。
 蒼辰の、高校のころの同級生に、熱帯魚が趣味の男子がいたそうです。
 この男子、グッピー増やすのが得意だったのですが、増やしたグッピーをどうしたか。
 ひとつがいだけ残して、残りのグッピーを入れた水槽の温度を、だんだん上げてゆくんですって。
 温度が上がりすぎると、グッピー、次々と死んでゆきます。
 つぎつぎと死んだグッピーが浮かんでくるのを、ぼぉ〜っと眺めているのが、大好きだったんですって。
 それも、問題行動ですか?
 ちなみにその同級生、おおむねマジメの範疇に入る男子で、その後も、なぁ〜んも問題ひとつ起こさず、今はふつうのおっさんになっているそうです。
 もいっこ、別の例を出そうか。
 蒼辰のまわりには、鶏肉が嫌いな女性が二人いるそうです。
 嫌いになった理由が、共通。ニワトリ、さばくとこ見てから、気持ち悪くて、食べられなくなったんですって。
 ふむ。こちらは、正常な反応?
 どうだろ。
 だって、昔は、ニワトリ、裏庭とかでさばいてた家、いっぱいあったわけでしょ。
 つまり、生き物を殺して、食べることが、目に見えていた。
 言いたいこと、分かんない?
 んじゃ、もっともっと大昔に行こうか。
 大昔、文明以前の、ヒトがまだ原始生活を送っていた時代。
 おおむね、平均寿命、40才に満たなかったそうですね。
 んじゃ、みんながみんな、40才くらいになると死んでいたのかというと、そうじゃないんです。
 若くして、事故や病気で死ぬヒトも、今と比べれば、はるかにはるかに多かった。
 さらに、乳幼児死亡率も、子ども時代に流行病とかで命を落とす子も多かったでしょう。
 そういうヒトが、平均寿命を下げる。
 なので、健康に生きられる幸運に恵まれれば、50才60才まで生きてたヒトもけっこういたはずなのです。
 でも、そんなふうに、常にまわりに死があるような状況では、[生きている]ことを実感しますよね、きっと。
 これでちょっと、分かってきた?
 今は、生き物を殺して食べているというジジツが、見えなくなってます。
 少なくなったヒトの死も、きれいな儀式のおかげで、遠いモノになってしまいました。
 つまり、ヒトや命の死が、遠くにある。
 だから、生きているという実感が得られにくいのではないかと、そんなふうに考えるわけです。
 でも、死を考えることは、すなわち生きることを考えるのといっしょです。
 生きている実感が得にくい時代に、生きるとはなにかを深く考えれば、それは死について考える、死に関心が向くのは、むしろ当たり前のことではないでしょうか。
 死体に、関心持つヒトもいますよね。
 あれもそうなんじゃないかな。生を考えるからこそ、死に興味がわく。
 それってきっと、当たり前のヒトのココロの動きなんだと思う。
 むしろ、そういうことを、思春期に深くふかく考えることって、必要なことなんですよ。
 それを、命を大切にしよう、なんてゆうコトバでくくられるのは、なんかたまんない気がします。
 ヒトを殺すことは、もちろんいけないことです。
 でも、なんで? って問われたときに、ちゃんと答えられる? そんなこと、当たり前じゃないか、とか言っちゃダメだよ。
 なぜ、ヒトを殺してはいけないのか。
 ヒトを殺してもいいとすれば、自分が誰かに殺されても、受け入れるしかなくなるからです。
 いいですね。
 でも、そのことと、死への関心を、行動に移してしまうココロの動きとは、また別の問題です。
 引き金がどこにあるのか、それは個々に違うでしょうし、わかりません。
 でも、そんな心の闇を持っていることに、誰かが気づいていたら。
 世間の常識では当たり前のことにも、それがなぜダメなのか、なぜ常識となったのか、きちんと答えてあげられたら。
 こういう事件、少しでもへらせるのではないかと思います。
 犠牲になられた方は、もちろんお気の毒です。深くご冥福を祈りたいと思います。
 けど、犯行におよんでしまった少女も、やっぱり気の毒だなぁと思います。
 これから、「あいつは異常だ」と言われ続けるのでしょうか。
 世間から、正常なニンゲンに戻りなさいと、キョーイクされるのでしょうか。
 せめて、誰かが、「キミは異常なニンゲンなんかじゃない」と言ってあげてくれたら・・・と、心から思います。
 キミは、決して、異常じゃないよ。
 そしてときどき、ちゃみは思います。
 傷ついた翼を背負った永遠の子どもの心なんか、生きていることに疑問も持たない、ジョーシキ的なオトナには、分かるわけないんだと。

 はい、今日はちょっとマジメなハナシしました。
 明日からは、食いもの系のお気楽な話題で、何日かつづけようかなと思ってます。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2014-07-30 19:27 | 読むラヂオ
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