excitemusic

16年春リニューアルしました! 蒼辰が書くおハナシを随時アップしております。ちゃみのMCともども、読んでやって下さいまし。
by planetebleue
ICELANDia
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


今度の日曜、義士祭なので、忠臣蔵のハナシ・その3

 まいどっ、ちゃみでっす。
 あさって、14日は、赤穂浪士討ち入りの日、というわけで、今週は、忠臣蔵のあれこれをおハナシしてます。
 昨日は、浅野内匠頭が、なんで刃傷におよんじゃったのか的なことを中心にしたハナシでした。
 なので今日は、その後。
 先ず、事件と主君切腹の報が、赤穂に届くまで、7日かかってます。
 これ、映画なんかだと、昼夜を分かたず、馬を走らせるんでしたよね。
 江戸から京まで、かなり急いで7日、ふつうの旅なら10日から14日くらいと言われてますから、この7日は、かなり早いです。
 だって、赤穂って、兵庫県の西の端。東はもう岡山県って場所ですよ。
 昼夜分かたず、馬を飛ばした。
 ジジツだったようです。
 でもって、仇討ちをしようってゆう機運、かなり早い時期から藩内にあったみたいですね。
 とりわけ、江戸藩邸の家臣がそうだった。
 まぁ、主君が、遺訓があって討とうとしたが、果たせなかった、ってゆう、単純なジジツだけが伝われば、しょうがないのかもしれない。
 けど、かの大石良雄は、先ず、お家の再興を優先しようとしたんですね。
 しかし、その望みは、ほぼ一年後に絶たれます。
 そこからは、もう討ち入り一筋。
 そして、事件から1年9ヶ月後の12月14日に、ついに討ち入りを決行し、吉良上野介を討ち果たすのであります。
 これ、江戸市民は喝采したみたいですね。
 そうなんだけどさ、事件の概要とか、分かってたわけじゃないよね。
 ってことは、忠義の家臣が、主君の無念を晴らした、ってゆう点だけで、「大したもんだ」ってことになっちゃったんだよね。
 もちろん、主君であれ、親であれ、忠義を尽くすことは、当時の最高道徳でございます。
 それを命を賭けて成就したんだから、そら、偉いもんだ。
 なんだけど、やっぱちょっと疑問が残るよね。
 そもそも、忠義を奨励していた将軍・綱吉が困っちゃった。なんとか助命したかったみたいですね。
 一説として、天皇家からの嘆願で助命した、というストーリーにしようとしたというのがあります。ところが、相談を受けた高僧は、「助命して、もしその者が、将来、身を持ち崩すことがあれば、義挙にまで傷がつく。だが、死を賜れば、後世まで語り継がれるだろう」と答えたってゆうのね。
 ふむ、なるほど。
 ここ、なんか、ニホンジンの美学ってゆうか、美意識っていうか、ある種の道徳観? そういうのがよく出てますよね。
 でもって、その後、歌舞伎になり、さまざまな枝葉が付け加えられていった、47士の物語には、このニホンジン的美意識が、もんのすごく反映してますよね。
 大高源吾が、町人に変装して、江戸へ上る旅の途中、やくざものにからまれる。けど、ぐっとガマンして、事を荒立てなかった。
 なぜなら、事を大きくして、自分の素性や、江戸へゆく目的が露見しては大変だから、ってゆうの。
 これなんかも、実にじつに、ニホンジンの美意識を反映しております。
 ってことはさ、そもそも、ジジツとして起こった、赤穂浪士の討ち入りそのものが、詳しい事情とは別に、ニホンジンのココロに刺さっちゃったんですよね。
 そして、そこからインスパイアされて、忠臣蔵ものと言われる、さまざまなストーリーが生み出されていったわけでございます。
 で、ありますから、戦後、GHQが、忠臣蔵をはじめとする、仇討ちものの上演を禁じたのも、ま、分かるっちゃわかるんだよね。
 仇討ち肯定しちゃうと、アメリカ、統治がやりにくくなるもんね。
 でもね、戦前に大統領だったセオドア・ルーズベルトさんは、この赤穂浪士討ち入りの物語を好んでいて、英訳本は愛読書のひとつだったとか。
 そうすっと、ニホンジンの美意識と申しましたが、案外、世界に通用する精神性がその中にあるのかもね。
 そういえば、西部劇でも、殺された親友の仇を討つ的なお話はけっこうありますもんね。
 ただねぇ、そういうのって、殺された側、仇を討つ側に、つねに正義が存在してるわけですよ。
 けど、実際には、敗れた側が常に正義で、倒した側が常に悪ってわけでもないですからね。
 仇討ちってゆうか、復讐? やっぱあんま、称賛しないほうがいいんとちゃうやろか、と思います。
 ゲンジツ、復讐の連鎖的なことが、同じ大陸の、う〜んと西のほうで起こってるわけだしさ。
 そういう意味では、儒者・荻生徂徠が、「浅野は、殿中抜刀の罪を問われたのであり、吉良に非はない。それを仇とするのは不当だ」と主張したのは、ある意味、正当だよね。
 時代性を考えれば、荻生徂徠は、法の精神の筋を通したと言えるんじゃないでしょうか。
 結果、47士は切腹することになるわけです。
 けど、いつまでも、義士としてまつられているわけです。
 助命を否定した、かの高僧も、やっぱし偉かったよね。
 てなわけで、長く英雄として語り続けられてる47士なわけですが、最後に、参加しなかったヒトのハナシを付け加えておきます。
 当時の浅野家の家来は、300人以上。そのうち、討ち入りに参加したのは、わずかに47人です。
 じゃ、残りのヒトたちはどうなったか。
 仕官がかなったのは、大石良雄の三男ただ一人ですって。
 その他の人々は、なんと、世間から、卑怯者ないしは臆病者として非難されちゃったのです。
 それも、幕末ごろまでつづいて、中には、出自を隠し、変名を名乗るしかないヒトもいたのだとか。
 ありゃま。
 ここにも、ニホンジンの美意識の裏返しが隠れてました。
 47士は英雄である。そこに参加しなかった他の家来は、ろくでもない人間である。
 こういう単純な構図で、すべての他の家来を、人間的に否定するって、これ、イジメと同じであります。
 どうもね、極端に走るとこがあるよね。
 きっと、江戸っ子の間でも、[暴力での決着はよくない]と考える穏健派は、イジメられていたに違いありません。
 そんなこんな、忠臣蔵って、今につづく、ニホンジンのココロのありようを、良くも悪くも、反映しているのかもしれませんね。

 てなわけで、明後日14日、高輪・泉岳寺では、法要も行われます。
 この日は、墓参りに来るヒト、いぃ〜っぱいいて、お墓のあるとこなんか、お線香の煙がすごいんだよ。
 一度、訪ねてみるのも、よろしいかと思います。
 と、そんなこんなで、本日はここまでです。
 来週は、まんだなんも決まってまへん。
 なんか、F1関連のハナシ、ちょろっとやるようなコトも言ってましたが、予定は未定でございます。
 お寒い日がつづきます。みなさま、お風邪など召しませぬようにね。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
[PR]
by planetebleue | 2014-12-12 13:10 | 読むラヂオ
<< 明日から羽子板市なので、そのハナシ。 今度の日曜、義士祭なので、忠臣... >>