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16年春リニューアルしました! 蒼辰が書くおハナシを随時アップしております。ちゃみのMCともども、読んでやって下さいまし。
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楽園にも歴史あり・Hawaiiのハナシ・その2

 まいどっ、ちゃみでっす。
 えっと、今週は、きのっから、突然、Hawaiiのハナシなんかしてます。
 さて、みなさんは、カメハメハ大王って、知ってますよね。
 Hawaiiにゆくと、おおきな銅像なんかがあって、市内観光みたいなのの、観光コースにもなっております。
 あ、そいえば、♪みなみの〜しまのだいお〜わぁ〜、そのなもたかきハメハメハ、って歌がありましたね。
 あれ、カメハメハさんをモティーフにして、言い換えてあるわけですよね、きっと。
 でもさ、歌のイメージからしても、カメハメハさんって、南洋の酋長みたく思ってるでしょ、みんな。
 ま、そうだと言えばそうなんだけど、でもなんか、“土人”なんてコトバがあったころの、差別的なニオイを感じてしまいますです。
 ほいでわ、本日はHawaiiの歴史を、たどれるとこまでたどってみましょ。
 ハワイ諸島、地図見ると、太平洋のまん真ん中だってことが分かります。
 でもって、どこの大陸ともつながったことがないんだそうですね。
 ほら、日本列島も、その昔は大陸とつながってて、だから大陸と日本列島の両方にマンモスの化石があるんでしょ。
 ケド、Hawaiiはいっつも海の真ん中だった。
 なので、ずっと無人島だったそうです。
 そこに、いつ、どこから、ニンゲンがやってきたのか。
 ずばっと言います。紀元前500年前後から、3世紀ごろの間と考えられているんだそうです。
 かなり幅広。それも、Hawaiiにやってきたヒトビトが、文字を持たない文明だったために、古文書の類が残ってないからなんですって。
 いちおー、どんくらいの時代かというと、ヨーロッパでは、ギリシアから、ローマ帝国のはじめ、くらいかな。中国だと、後漢から三国時代って感じでしょうか。
 でもって、ニホンは弥生時代から、ようやくクニづくりが始まったくらいの時代でございます。
 で、どこからやってきたのかとゆうと、ポリネシアなんだそうです。
 ポリネシアってゆうのわ、大ざっぱ、オーストラリアと南米大陸の間の太平洋に、点々とつらなる島々でございますね。d0287447_1552688.jpg
 これねえ、地図見たほうがやっぱ分かりやすいので、見にくいけど、地図帳の写真、のせておきますね。
 ま、ともかく、この南太平洋の島々に、暮らしていたヒトビトが、丸太舟とか、アウトリガーってゆうの? 船体の片側または両側に浮きみたいのつけた舟、ああいうので、Hawaiiへと渡ってきたのだそうです。
 すんごい大冒険ですよね。
 なんたって、いっちゃん近い島からだって、2000kmはあろうかってゆう場所なんですから。
 そんなちっちゃい舟で、ホントに太平洋を渡れたのか。
 これについては、のち実験したヒトがいて、実際に、渡れるんだそうです。
 ケド、渡ってきた昔は、難破したヒトもかなりいたんじゃないでしょうか。
 そんな苦労までして、ポリネシアのヒトビトは、なぜHawaiiに渡ってきたのか。
 これまた、文字がない文明だったために、よくわかっていないのだそうです。
 ポリネシアの人口が増えちゃったからとか、戦争に負けて追放されたヒトビトだとか、諸説あるんだそうですが、どれも、想像の域を出ないのであります。
 けどさ、でもさ、ちゃみにはこの答え、分かる気がする。
 要するに、あの海の向こうになにがあるんだろう、って、どしても行ってみたくなっちゃったんだよ。
 だって、きっと、ポリネシアにはもう、海の向こうにはどうとかこうとか的な、神話みたいなのも、あったんだと思うんだ。
 んじゃ、その神話は正しいのか。
 見て、確かめたくなるのは、人情じゃござんせんか。
 そもそも、ジンルイの始まりって、アフリカなんでしょ。
 そっから、ユーラシア大陸を通って、ベーリング海峡渡って、北米から南米大陸へと、ジンルイは世界中に広がっていったということらしいです。
 んじゃ、なんでもって、そんなに先へ先へと旅をつづけたのか。
 人口が増えすぎたなんて、そんなことあるわきゃないですよね。
 んじゃ、なんでか。
 そりゃ、あの山の向こうを、この海の果てを、見てみたく、行ってみたくなったからなんですよ。
 未知の地を求めるジンルイのロマンチシズムが、ジンルイが世界に広がる原動力になったのですよ。
 へへ、ちゃみ、哲学しちゃった。
 にしてもさ、ポリネシアのヒトビトが、文字を持たない文明だったから、Hawaiiにも、文字がなかったんだ、と。
 こいで、思い出すことない?
 ほら、南米の、インカとか、マヤとかの文明も、文字持たなかったんでしょ。
 どっか、共通点、ない?
 ひょっとしたら、果てしない旅の末に南米大陸にたどりついたジンルイは、さらに太平洋へと、この海の向こうへと、旅をつづけたのが、はじまりかもよ。
 なっはぁ〜〜。
 ロマンじゃ。
 ま、ともかく、そんな感じで、Hawaii諸島にはヒトビトが暮らすようになりました。
 でもって、やがて12世紀ごろには、土地の支配がはじまり、階級社会が出現していたと考えられるそうです。
 とにもかくにも、原始生活から、文明社会を築いていたわけでございます。
 そこに重大な変化をもたらしたのは、キャプテン・クックでございました。
 キャプテン・クックって、名前くらい聞いたことあるヒト、多いよね。
 18世紀の、イギリス海軍の士官であり、冒険家であり、ときに海賊まがいのことまでやってのけた人物であります。
 このキャプテン・クックが、2隻の船とともに、Hawaiiにやってきたのは、1778年のことでございました。
 これ、西洋から見ると、Hawaiiの発見でございます。
 で、Hawaiiの側から見ると、文明との出会いでございました。
 う〜ん、こういう言い方でいいのかな?
 ま、いっか。
 ほいで、この、1778年とゆう年号に注目してください。
 あのさ、マゼランさんが、今ゆうマゼラン海峡を発見して、初めて太平洋に出たのが、1520年のことでございます。
 これ以来、ヨーロッパの国々の船が、次々太平洋に進出してくるわけですよね。
 ちなみに、種子島の沖合いでポルトガル船が難破したおかげで、ニッポンに鉄砲が伝わったのが、1543年のことでございます。
 東からも西からも世界一周できるんだっ、って分かってから、それが航路となるまで、あっという間だった。
 なのに、Hawaiiにキャプテン・クックがやってきたのは、1778年でございます。
 ぬあんと、マゼランがポリネシアを通過してから、250年もたっているのでございます。
 あ、やっぱ見にくくても地図写真、upしといてよかった。
 なんせ昔の航海、近い島、近い島とたどってゆくのですよね。
 はい、地図見ればもう分かりましたね。
 Hawaiiだけが、他の島々と、2000kmくらい離れているのであります。
 これが、Hawaiiの、西洋文明との出会いが遅かった、大きな理由なのは、ゆうまでもないとゆうものでございます。

 ほいでもって、西洋文明との出会いによって、Hawaiiには大きな変化と混乱がもたらされます。
 とか、そういうハナシは、また明日につづきます。
 てなわけで、今日はここまでです。
 ほいでわまたっ。
 ちゃみでしたっ!
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by planetebleue | 2015-01-14 15:52 | 読むラヂオ
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