#2「天使のオウヨウ」その2 |
3 てなわけで、雲の上も大わらわであります。 「期末試験までどんだけある?」 「え~と、あとひと月とちょっとです」 「ひと月ちょっとねぇ」 「勉強ガンバレって囁きますか?」 「んなもん囁かなくったってガンバルだろうさ。けど、そいで間に合うのか?」 「さぁ」 「さぁって、調べてみろよ」 「あ、はい」 ミキさん、タブレットで調べてます。 「はぁ~~・・・」 「ため息もんか」 「ですねぇ」 調査結果によると、こいつ、一学期の中間・期末、二学期の中間と、数学・英語・物理で赤点つづき。このままじゃ進級も危ないと、担任に呼び出されたママが警告受けちゃったとか。 そら、カノジョといちゃいちゃしてるばやいじゃないわな。 「どうしましょ」 「どうするったって」 「もっと勉強ガンバレって囁くとか?」 「効く? それ効くと思う?」 「んな言い方しなくったって」 「そもそもだ、そこ、天使の責任なのか?」 「さぁ」 「ちょっと調べてみ」 「はい」 マキさんに言われたミキちゃま、タブレット端末でマニュアル=天使規則をチェックしております。 「あ、ここかな・・・当該ジンルイに障害があった場合、天使は障害の除去または克服に尽力すべし、だそうです」 「くわっ、バカ男のべんきょの面倒までみんのかよ」 「でもぉ、マニュアルに書いてあるしぃ」 「急にキャラ変えんなよ」 「てへぺろっ」 「マジメにやらんかいっ」 「さっきはおマジメ族とか言ったくせに」 「そぉ~だけどぉ~」 「マキさん、なにもアイディア出してくれないじゃないですか」 「お、そう来るか」 「どうするんですか。先輩らしいとこ見せてくださいよ」 「ヒト責めてどうすんだよ」 「だってぇ・・・」 「いいか」 「はい」 「囁きってのは一回こっきり。ここぞって時にしか使えない」 「はい」 「だからな・・・」 「どうします?」 「とりあえず、ようすを見る」 「へ?」 マキさん、すました顔してるばやいじゃないぞ。 けどまぁ、この難問、ベテランのひねくれ見習い天使にもいいアイディアはなかったようでございます。 じゃ、ようす見ましょ、ようす。 だがしかし、瑠里花ちゃん、なかなかしっかり者だったようでございます。 部活が終わったあと、私立図書館ときどき駅前マクドで、勉強会を開催したのであります。 ラッキーだったのは、ラグビー部がもう県大会で敗退したあとだったってことかな。 そいでもベスト8までいったのは、このがっこのラグビー部としては過去最高の成績だったとか。 もちろん、全試合、幸太がスタンド・オフとして活躍したのは言うまでもありません。 だがしかし、それで進級が保証されるほどの、がっこの英雄にはなれなかったようです。 残念でした。あははのは。 あ、失礼、笑ってるばやいじゃございませんでした。 ま、ともかく、新チームが始動したばかりの、キホン練習や個人練習が多いこの時期でございます。 ここは勉強に集中するっきゃない。 監督さんもそこんとこ分かってるから、瑠里花に預けちゃった。 瑠里花的にはラッキーってなもんですが、そうはいっても進級できなきゃおハナシにならない。 そこで、部活が終わると二人きりの勉強会でございます。 ってさ、まいんちがっこの帰りに、二人っきりで市立図書館ときどき駅前マクドって、それもう付き合ってるようなもんじゃない。 違う? そうじゃない? あ、気持ちの問題だってゆうわけね。 デューティがないまま、図書館やマクドでだらだら過ごすなら、付き合ってると言えなくもない。 しかし、この節の瑠里花と幸太のばあい、雑談も封印して勉強に励んでた。 必死だな、瑠里花も。 しかし、そんな瑠里花も、そう成績抜群ってわけじゃない。 英語と数学は、幸いにして平均点以上は稼げるヒトなのだが、物理はやっぱり苦手。 しかも幸太くん、キホンの英・数のデキがひどい。そっちの底上げを優先せざるを得ないもんだから、どしたってブツリが後回しになるのであります。 二週目くらいまでは優しかった瑠里花も、三週目あたりから苛々を感じるようになり、四週目ともなると焦りの色が濃くなってゆくのでありました。 4 「どうしよ、物理」 「ちんぷんかんぷんだよ、俺」 「う~ん。物理得意な子に山かけてもらおうか」 「それでもなぁ・・・」 グランドでは颯爽としている幸太くんの情けない顔ったら。 けど、私にか見せない顔。そこがまたい~んだな、だと、瑠里花。 調子こいてんじゃねぇぞ、ったく。 と、い~たいのわ、雲の上のミキとマキでございます。 「マキさん、あと三日しかございません」 「で、成績は?」 「ブツリが・・・」 「危ないのか」 「赤点クリア程度がどうしてできないんでしょ、あの男子は」 「ヤバイじゃん」 「はい」 「どうすんべ」 「しっかり勉強と囁く・・のはムダですよね」 「もはやな」 「どうしたらいいんですか、マキさん」 「こうなりゃ、とっときの手だな」 「え?」 「いいか」 こしょこしょこしょっと、マキさんなにやらミキさんに耳打ちします。 「ええ~~っ!」 目をまん丸にして驚くミキさん。 「そんな、そんなこと、い~んですか?」 「じゃほかに手があるのかよ」 「そういうときのマキさんの言い方って、挑発的ですよね」 「ほかに手があるのだろうか、いやあるわけがない」 「反語の用法」 「お、古文はいけそうだな」 「問題はブツリです」 「だから、さっ」 「けど・・・」 「あの二人がうまくいきゃ、初期研修修了だぜ」 「マキさんって、悪魔みたいですよね」 ふふっ。 見習い天使とは思えぬ笑みを、唇の端に浮かべるマキでございました。 * てなわけで、ミキは一人、瑠里花を追いかけて、囁きの準備でございます。 あ、囁きと申しますのは、天使が、矢が刺さった対象のココロに落とすコトバのことでございます。 ま、背中を押すと申しましょうか。ためらいがちなニンゲンに思い切りをつけさせる言葉でございます。 なんせ、矢が刺さったニンゲンの恋が成就しないと、見習い天使の成績とならないのであります。 「ふぅ~~」 と、これ瑠里花ちゃんのため息ね。 でもって、お風呂に入った瑠里花ちゃんを、お外の電信柱の上あたりから観察しているのがミキでございます。 いえ、お風呂場の窓はちゃ~んと閉まってますよ。でも、天使には見えちゃうんですね。そこは、天使ですから。 なので、ジンルイが天使の真似をしても、よそんちのバスルームは覗けません。念のため。 でもって、こちらも、 「ふぅ~っ」 と、ため息ひとつのミキ。 なんせ、天使実習生の規則により、囁きは一回こっきりしかできません。 そのワンチャンスを生かすのが、このコトバなのかい。 けど、[ほかに手があるだろうか、いやあるわけがない]なのでございます。 「しょうがない」 ミキちゃま、マキさんに言われたとおりのコトバを、瑠里花のココロに囁きます。 あ、実際にはタブレットに囁くんですけどね。それが専用アプリによって、対象ジンルイのココロに落ちるのであります。 い~かげんな設定ですけどね。 その一言を、二度、三度。 すると、すっと顔を上げる瑠里花ちゃん。 「それしかないか」 と、ぽつり。 どうやら、囁きの効果があったようでございます。 けど、瑠里花もミキちゃまもイマイチ浮かない顔。 なんでだ? そしていよいよ、期末試験が始まったのでございます。 * 三日間続く期末試験の、初日に数学、二日目に英語と、どうやら40点前後はいけた幸太くん。 最終日、問題の物理の試験を迎えます。 「あ~も~脳みそぱんぱん。ダメッ、ムリッ」 ラグビー部のエースが青白い顔で唸ってます。よっぽど自信ないんだな、こりゃ。 でもって顔が青白いのは、寝不足なんでしょうね、きっと。 夜明けまで頑張ったんだ。 けどさ、そこまでやっても自信ないんだったら、ちゃんと寝たほうがよかったんじゃねぇの? ただでさえできないのに、寝不足じゃ、そのわずかな実力すら・・・。 そんなこたい~から、先に進め? はいはい。 「どうしよう」 泣きそうな顔の幸太くんに、なにやら覚悟を決めた雰囲気のマジ顔を向ける瑠里花ちゃん。 「これ、してって」 ちょと大きめのプラ製安腕時計を差し出します。 「時計なんかいいよ、教室にあるし」 「違うの」 腕時計の裏側を示す瑠里花ちゃん。そこに、ちっちゃい紙がはっつけてあって、ちっこい文字がぎっしり並んでます。 「出そうなワードと公式」 「え?」 幸太くん、びっくりお目々を瑠里花ちゃんに向けております。 けど瑠里花ちゃん、真剣そものも。 「あと、前の席、高橋だよね」 「ああ」 「試験終わり五分前に、一回だけ体、横に動かすように頼んどいたから」 「なんで・・・」 「念のためだよ、念のため」 幸太くんの言葉を遮る瑠里花ちゃん。 「幸太くんの努力はちゃんと分かってるよ。でも・・・」 言葉に詰まる瑠里花ちゃんなんだけど、幸太くんのほうも黙って腕時計の裏側を見ております。 「実力プラス二問か三問でいけると思うんだ。だから・・・」 じっと幸太くんを見つめる瑠里花ちゃん。 そりゃ、ねえ。天使の矢まで喰らった本命と付き合えるかどうかがかかってるわけですからして。 ハートはもうどっきどき。 次の瞬間、幸太くんの顔が怒りのそれに変わり、「そんな卑怯なことができるかっ」と腕時計投げつけられるんじゃないか。 そっちの心配もあるからどっきどき。 すると幸太くんが、 「なんで高橋に・・?」 って、おい、そっちかい。 ま、気になるのは分からないじゃないけど。 「保育園からいっしょなんだ」 「へ?」 「だから、恥エピ、絶対言わないって約束して、あと、これであたしの弱味、いっこ握ったんだからって」 「あ~~」 ほぼ意味ないただの声。 「時間だよ、しっかりね」 ちっちゃくガッツポーズ見せて、くるりと背中を向ける瑠里花に、 「ルリカッ」 声をかける幸太くん。 ん? と振り向く瑠里花。 まさか、「余計なことすんんじゃねえっ」とか? ハッと息を吸う幸太に、瑠里花ちゃんどっきどき。 すると、 「サンキュ」 だって。 けっ。 [その3につづく] |
by planetebleue
| 2016-07-19 16:00
| かたゆでエンジェル
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